三位一体の労働市場改革の具体的な内容、進め方を規定しているのが、「三位一体の労働市場改革の指針」である。本年5月16日、第16回新しい資本主義実現会議において決定された。
この中で、三位一体の労働市場改革による賃上げのことを、「構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていく」ものであるとして、「構造的賃上げ」と呼んでいる。聞き慣れないこの言葉、当然のことながら、骨太の方針2023にも何カ所か登場する。
その意味するところはといえば、(1)リ・スキリングによる能力向上の支援、(2)個々の企業の実態に応じた職務給の導入、そして(3)成長分野への労働移動の円滑化により、賃金が上昇する状況を創出するということ。三位一体とはこれらの3つを一体で進めるということのようである。
しかし、この中には国民経済のお金が増える、お金を増やす措置がないので、これらの措置を講じたところで必然的に賃金が上昇するわけではないであろうことは容易に推測できる。だからこその「構造的」であり、賃金を上げるとは書くことができず、賃金が上昇する仕組みという曖昧な表現となっているのであろう。
リ・スキリング普及の恩恵を受けるのは
労働者よりも人材関係企業か
これらの措置を一つ一つ見ていこう。
まず、(1)のリ・スキリングによる能力向上の支援。リ・スキリングとは、定まった定義はないようであるが、一般的には学び直し、仕事で必要な新しい知識を学ぶことと考えられている。現在、このリ・スキリングを世界的に強力に提唱しているのは世界経済フォーラム(World Economic Forum)であり、日本で言われるリ・スキリングとは少々方向性を異にするようであるところ、その動きは注視する必要があると考えられるが、その実態については別稿に譲る。
さて、「仕事で必要な」といっても、今の仕事でというよりは新しい仕事で必要とされるであろう知識の習得が念頭に置かれているようである。「エンプロイアビリティ」なる聞き慣れない言葉まで同指針には登場するが、その意味するところは、雇われる能力、要するに「転職できる能力」であるので、リ・スキリングは転職を前提にしたものとしての意味合いが強いと考えていいだろう。
その一方で、優秀な人材を離職させず、引き付けておくためには、企業は「人への投資」として社員個人へのリ・スキリングの支援強化を行うべきであるとも述べられている。相矛盾するような内容が同じ文書の中に記載されているというのはなんともお粗末な話であるが、つまるところ、「リ・スキリングが広まり、行われるようになればいい」ということなのだろう。
リ・スキリングが広まれば転職が活発になり賃金が上がる、リ・スキリングでスキルアップを図れば賃金が上がる、そんなことは確約などできないのだが、リ・スキリングが活況を呈するようになれば、人材育成を行う人材関係企業にとっては新たなマーケットが生まれ、事業機会が拡大する(そうなれば人材関係企業の社員にとっては賃上げが期待できるかもしれないが)。
さらに、民間に在籍するキャリアコンサルタントの本分野における役割強化もうたわれていることも併せ考えると、そのあたりにリ・スキリングが強調される背景事情があるのではないだろうか。