何かを提案をした時、こんな言葉を言われたことはないだろうか?
「なんか、普通だね」「他の商品・サービスと何が違うの?」「この会社でやる意味ある?」
などなど。サービスや商品、仕組みなど、新しい何かをつくろうとするとき、誰もが一度は投げかけられる言葉だろう。
そんな悩めるビジネスパーソンにおすすめなのが、細田高広氏の著作『コンセプトの教科書』。本書には、
「教科書の名にふさわしい本!」
「何度も読み返したい」
「考え方がクリアになった」

といった読者の声がたくさん寄せられている。
この連載では、グローバル企業、注目のスタートアップ、ヒット商品、そして行列ができるお店をつくってきた世界的クリエイティブ・ディレクターの細田氏が、コンセプトメイキングの発想法や表現法などを解説する。新しいものをつくるとき、役立つヒントが必ず見つかるはずだ。

【世界的クリエイターが教える】「思考が硬直化している人、柔軟な人」。違いはどこから来るのか?Photo: Adobe Stock

固定観念は「名詞」でできている。

 何かのアイデアを考えるとき、多くの人は「名詞」から考えます。
 次の「スマートフォン」はどういうものであるべきか、つながる時代の「自動車」はどのような使い方をするべきか、これからの「ソーシャルネットワークサービス」に何が可能か、といった具合です。
 しかし名詞で発想を始めた瞬間に、固定観念に縛られることを自覚するべきでしょう。というのも名前こそが固定観念の正体だからです。

 ヨークシャーテリアにハスキーにチワワ……。
 犬には実に多様な種類がありますが、それを猫やたぬきと混同してしまうことは稀ですよね。犬や猫という言葉を覚えることで、私たちは世界の区切り方を覚えています。区切られたエリアに名前というラベルを貼って情報処理をスムーズにしているのです。
 それは脳の優れた認知機能である一方、認識を単純化しすぎてしまいステレオタイプなものの見方につながるという副作用もあります。

 発明家で心理学者でもあり水平思考の生みの親でもあるエドワード・デボノはこれを「言葉の硬直性」と呼び、名前の持つ「言葉の硬直性は、分類作用での硬直性に結びつき、分類作用の硬直性は、ものの見方の硬直性を招く」と指摘しています。

「動詞」で問うと、発想は自由になる。

 ではどうすれば名前というラベルから逃れられるのでしょうか。

 世界的なデザイン会社アイディオ(IDEO)の共同創立者のひとりであるビル・モグリッジは「名詞ではなく動詞」をデザインするべきだと述べています。
 行動に焦点を当てることで、既存のパラダイムから解放されるというのです。実際アイディオのデザインチームは行動を観察するところから新しいアイデアを生み出します。

 例えば朝食の様子を観察し、「パンを食べる」前に「トーストしたパンを並べる」という何気ない動作を見つけたら、パン立てになるトースターの蓋をつくるといった具合です。

新しいコップをデザインするなら?

 ネットフリックスのドキュメンタリー番組「アート・オブ・デザイン」(英語名:Abstract)の中では、キャス・ホルマンという玩具デザイナーが名詞ではなく動詞で問うことの重要性を語っています。
 美大生に「新しいコップをデザインしよう」と投げかけても新しい発想は生まれませんが「水を運ぶ新しい方法をデザインしよう」と呼びかけると「スポンジ素材に水を吸収させて運ぶ」といった形状にこだわらない自由なデザインが飛び出すのだそうです。

名詞の問い:新しいコップをデザインするなら?
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動詞の問い:水を運ぶ新しい方法をデザインするなら?

 彼女はまた、小学生とのワークショップでの経験も紹介しています。
「新しいスクールバスのカタチは?」と問いかけるとせいぜい色違いのスクールバスが描かれる程度です。けれど「通学する新しい方法は?」と問いかけた途端、発想が変わるのです。ロケットを使って空を飛んだり、通学路をアトラクションにしたり、発想が自由になる。その違いは目を見張るものがあります。

動詞を問うとき自ずと人が主役になる

 コップを「水を運ぶ」へ。スクールバスを「通学する」へ。
 問いを名詞から動詞へと置き換えるとき、自ずと問いの重心がモノからヒトにスライドします。21世紀以降、人間を中心にしたデザインの大切さが語られてきましたが、それを叶えるための具体的な方法のひとつが動詞で問うということなのです。

モノより行動の未来を考えよう。

 いま、多くの業界が問いのシフトを目論んでいます。代表的なのは自動車業界でしょう。
 2010年代、世界中で様々な自動車会社が自らを「モビリティカンパニー」と名乗り始めました。これも「自動車」というものにこだわるのではなく、人類が「移動する」ことの可能性を問うという表明にほかなりません。

 2007年、当時のアップルコンピュータは社名から「コンピュータ」という名詞を外しました。その後のiPhoneやApple Watch、AirPodsなどのコンピューターに縛られない躍進を見れば、名前を捨てる決断は正しかったと言わざるを得ません。

 スポーツジャンルでも、ナイキは「ランニングシューズ」の未来ではなく「ランニング」の未来を問うことでNike+というデジタルサービスを生み出しました。走りのデータを記録し共有できるようにしたことで、人が走る目的や意味をつくり変えてしまったのです。

 つくろうとするものごとの名詞を動詞に置き換えるその動詞の持つ意味の未来を問う。それが固定観念に縛られない発想のつくり方なのです。

 このほかにも、『コンセプトの教科書』では、発想法から表現法まで、コンセプトづくりを超具体的に解説しています。