突然ですが、「嘔吐恐怖症」を知っていますか?
聞き慣れない言葉かもしれませんが、嘔吐恐怖症とは「吐くのがこわい」病気です。
気持ち悪くなることや吐くのがこわいことから、
・人と食事をすることができない
・電車や飛行機などの乗り物に乗ることができない
・(おえっとなるのがこわいので)歯磨きができない、歯医者に行けない
・つわりがこわくて妊娠をためらう、結婚に前向きになれない
・日常生活で吐くことに関連すること(文字やテレビなどの映像も含め)を見るのがこわく、避けてしまう
などの傾向があり、日常生活が大きく制限され、実は多くの方が悩んでいます。
それにもかかわらず、認知度の低さから克服方法がわからず困っている方、「やらない方がいいこと」を、知らず知らずのうちにやってしまう方が多いのです。また、当事者以外の人も、知らないことで「他人に対して発症のきっかけを与えてしまう可能性」もあります。
これらの症状に悩む方のために、これまで1000人以上症状改善をサポートしてきた山口健太氏(一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事)が『「吐くのがこわい」がなくなる本』を発売。嘔吐恐怖症に寄り添うはじめての本である本書から、一部を紹介します。(初出:2022年9月17日)

【嘔吐恐怖症】「こわい」を手放す1つの考え方【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

「気持ち悪くなっても大丈夫」
と思えるようになることが大切

 嘔吐恐怖症の方は、知らず知らずのうちに「気持ち悪くならなかったらよい時間、よい1日、よい行動。気持ち悪くなったら悪い時間、悪い1日、悪い行動」と自己評価をする傾向があります。

 しかし「気持ち悪くならなかったらよくて、気持ち悪くなったら最悪だ」という基準で考えているうちは、なかなかよくなりません。

 嘔吐への恐怖を手放すためには、むしろ「気持ち悪くなってもいいのだ」とか、あるいは「気持ち悪くなっても大丈夫だ」と思えるようになることが大切です。

気持ち悪くなってから
「どれくらいで」元に戻れたか?

 そのためにはこれまでの思考習慣を変えていく必要があるのですが、私がこれまでおすすめしてきて、効果の高い方法があるので紹介します。

 それは「気持ち悪くなった後に、どれだけの時間で元に戻れたか?」を考える(できれば実際に計ってみる)ようにすることです。

 これがなぜ効果的なのかというと、まず1つは先ほどお伝えしたように、生きていれば気持ち悪くなることは絶対にあり、それは正常な反応で、「気持ち悪くならないように」というのが、そもそも人類には到達し得ない不可能な目標だからです。

 私も1ヵ月間を過ごしていれば、そのうち2=3日くらいは「なんだか今日は気持ち悪いなぁ」という日があります。

 それは、タクシーに乗ったら車に残ったニオイで気持ち悪くなったり、ちょっと食べ過ぎて胃がもたれたり、お酒に弱いのに少し飲み過ぎてしまったり……といったときなどです。このように、私も、あなたも、誰でも気持ち悪くなることはあり、それを完全になくすことは不可能です。

 ここで「気持ち悪くならないように」という注意の向け方をしていると、さらに「気持ち悪くなったか、ならなかったか」が気になるようになり、少しの体調不良でも「吐いてしまったらどうしよう……」という不安がさらに強化されていくことに繋がります。

「回復しなかった」事実は存在しない

 そして、ここからが重要で、気持ち悪くなることがある一方で「気持ち悪くなった日から、今日までずっと回復しないで生きてきた」なんてことはないという事実も同時に存在するのです。ですから、今日からは「回復してきたこと」に意識を向けるようにしてみましょう。

 そのためには「気持ち悪くなった後に、どれくらいの時間で元に戻れたか?」という基準を持って日常を過ごしてみることをおすすめします。

 そして、実際に行動として「大体どれくらいの時間だったか」を計って簡単に記録するようにしてみてください。

 これは「早く元に戻すため」に行うものでもないし、元に戻った時間が短かったり、長かったりすることが焦点でもなく、純粋にどれくらいなのかを実際に計ってみることで「気持ち悪くならないように」という考え方から脱することが目的です。

あなたも自力で回復しながら生きてきた

 大切なのは「気持ち悪くなったとしても、自分の力で元に戻ることができる」とか「気持ち悪くなったとしても、人前で嘔吐しないようにコントロールできる」という実感を持てるようになることです。

「今は、そんな実感がないよ」という人も多いかもしれませんが、実際には、あなたはこれまでに自分の力で回復しながら生きてきたのです。ですから、改めてそれを自分で確認するためにもこのワークはおすすめです。

(本書は『「吐くのがこわい」がなくなる本』〈山口健太著、福井至、貝谷久宣監修〉を抜粋、編集して掲載しています)

★本書は以下に当てはまる方におすすめです。ぜひチェックしてみてくださいね。

・「吐くのがこわい」「気持ち悪くなるのがこわい」と日常で感じることが多い人
・人が吐く場面や吐瀉物などに尋常ではない恐怖感を抱く人
・嘔吐恐怖症のカミングアウトをしたいが、どうすべきか迷っている人

【著者】山口健太(やまぐち・けんた)
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事、カウンセラー、講師
2017年5月に同協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授、はるの・こころみクリニック院長)
自身が社会不安障害の一つの「会食恐怖症」に悩んだ経験を持ち、薬を使わず自力で克服する。その経験から16年12月より会食恐怖症の方への支援活動、カウンセリングをはじめる。その中で関連症状の「嘔吐恐怖症」の克服メソッドを研究。これまで1000人以上の相談に乗り改善に導いてきた。主催コミュニティ「おうと恐怖症克服ラボ」では、会員向けに克服のための情報を発信している。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)、『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)などがある。
【監修】福井 至(ふくい・いたる)
東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科・東京家政大学大学院教授。和楽会認知行動療法センター所長、公認心理師・臨床心理士、博士(人間科学)
1982年、早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程心理学専攻単位取得退学。札幌大学女子短期大学部助教授、北海道浅井学園大学人間福祉学部助教授、東京家政大学文学部助教授を経て、2008年より現職に至る。編著書に、『図説 認知行動療法ステップアップ・ガイド-治療と予防への応用』(金剛出版)、『図解による学習理論と認知行動療法』(培風館)などがある。
【監修】貝谷久宣(かいや・ひさのぶ)
京都府立医科大学客員教授。医療法人和楽会理事長、パニック障害研究センター所長。医学博士
1968年、名古屋市立大学医学部卒業後、ミュンヘンのマックス・プランク精神医学研究所に留学。岐阜大学医学部助教授、自衛隊中央病院神経科部長を経て、93年、なごやメンタルクリニック開院。97年、赤坂クリニック理事長となる。パニック障害や社交不安障害治療の第一人者として、幅広く活躍中。『健康ライブラリー イラスト版 非定型うつ病のことがよくわかる本』(講談社)、『よくわかるパニック障害・PTSDー突然の発作と強い不安から、自分の生活をとり戻す』(主婦の友社)、『気まぐれ「うつ」病ー誤解される非定型うつ病』(筑摩書房)など、著書・監修書多数。