安田善次郎や渋沢栄一の娘婿など
路線にゆかりのある人を駅名に採用

 話が遠回りしたが、自ら造りあげた工業地帯に自らの手で敷いたのが鶴見臨港鉄道だったというわけだ。同社は埋め立て事業を担った「東京湾埋立株式会社」の子会社という位置付けだった。

 浅野は、まだ地名のない埋め立て地の駅に、ゆかりの人物の人名を採用した。浅野駅は言うまでもなく彼自身。鶴見小野駅は地元の大地主、小野重行から。安善駅は浅野財閥を金融面で支援した、安田財閥の安田善次郎(設立前の1921年に暗殺)、武蔵白石駅は発起人のひとりで日本鋼管の創業者、白石元治郎(同名駅があるため地域名「武蔵」が付いた)、大川駅も発起人のひとりで渋沢栄一の娘婿である大川平三郎が由来。終点の扇駅は浅野家の家紋である。

 浅野財閥系の鉄道会社は鶴見臨港鉄道以外にも、基幹であるセメント事業に絡んで多数存在した。セメントは粉砕した石灰石に粘土、珪素、酸化鉄などを配合し、燃焼して製造する。主原料である石灰石の産地は、東京では西多摩が有名だ。

 浅野セメントは青梅や五日市の鉱山を次々と手中に収め、次いで石灰石輸送を中心に経営していた青梅鉄道(現在の青梅線)、五日市鉄道(現在の五日市線)に出資し、傘下に収めた。

 しかし石灰石を川崎のセメント工場まで輸送するには、中央線を経由して、かなりの遠回りで輸送する必要があったため、これを一直線で結ぶ鉄道が求められた。それが青梅、五日市線が発着する立川と川崎を結ぶ路線、南武線である。

路線図OpenStreetMapで筆者が作成 拡大画像表示