歴史小説の主人公は、過去の歴史を案内してくれる水先案内人のようなもの。面白い・好きな案内人を見つけられれば、歴史の世界にどっぷりつかり、そこから人生に必要なさまざまなものを吸収できる。水先案内人が魅力的かどうかは、歴史小説家の腕次第。つまり、自分にあった作家の作品を読むことが、歴史から教養を身につける最良の手段といえる。
直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』
(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、歴史小説マニアの視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】<br />いま教養を高めるいちばんの手段とは?Photo: Adobe Stock

ルビコン川を渡って
しまったのかもしれない

2022年11月、AI(人工知能)開発を手がける米オープンAIが「Chat(チャット)GPT」を公開しました。

これが2023年になると急速に広まり、同年4月、東京大学が「人類はこの数ヵ月で、もうすでにルビコン川を渡ってしまったのかもしれない」と見解を表明したことが話題となりました。

「ルビコン川を渡る」というのは、もう後戻りのできない道に踏み出すということ。チャットGPTやAIに指示すれば新しい作品が出来上がる作画AI「Midjourney(ミッドジャーニー)」などの生成系AIは、これから人間の想像を遥かに超える速度で進展するでしょう。

教養への関心度の高まり

私たちの仕事や生活が劇的に変化するのは、間違いなさそうです。そんな今、社会人の間で教養を深めることへの関心度が高まっています。

さまざまな分野で教養に関する書籍や情報が流布しています。また、私の周りでもアートや文化に積極的に触れたり、仕事帰りに習い事をしたりする人の話をよく耳にします。

教養が注目されるようになったのは、先に述べたような時代の変化とも大きく関係しているでしょう。

時代に求められる教養

今は社会の変化が激しく、一度身につけた知識やスキルが簡単に陳腐化する時代であり、価値観が多様化している時代でもあります。

そこで生きていくためには、知識を「創造」に結びつける力や、幅広い物事に適応する「感性」、人間的な「魅力」といったものを高めておく必要があります。

そうした時代に求められる能力が、「教養」という言葉に象徴されているのです。

教養を高めるいちばんの手段

私は、教養を高める最も有力な手段は、歴史に学ぶことだと思っています。

なにしろ歴史には、これまでの人類の営みが凝縮されています。政治も経済も芸術も宗教も、すべて歴史を通じて参照できるのです。

一方で、歴史というと、なんとなく、とっつきにくい印象を抱く人が多いのも事実です。

歴史を学ぼうとしたけれど……

歴史が苦手な人は、ほとんどの場合、年号や歴史上の人物を暗記させるような学校の授業が、「つまらない」と感じて離脱しています。

そういう人たちに話を聞くと、意外にもアウストラロピテクスや縄文土器、卑弥呼などに関わる情報は、なんとなく知っています。

どれも歴史の教科書の最初のほうに記述されている情報です。つまり、みんな最初は学ぶ気持ちがあり、実際に学ぼうと頑張っていたのでしょう。【次回へ続く】

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。