働き方や生き方の多様化が進む現代。価値観の異なる人々と理解を深めるためのコミュニケーション力が重要になっています。そんな時代を生き抜くための「話す力」について、慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏と、『新時代の話す力』の著者でVoicy代表の緒方憲太郎氏が対談。「話す力」を鍛えるために必要な「ロジカル思考」の身につけ方とは? 経済財政担当大臣時代のエピソードから学ぶ、“物事をシンプルに捉える”というマインドセットとは?(本記事は、Voicy上の竹中平蔵さんのチャンネル「竹中平蔵の声の履歴書」で公開された「物事をシンプルに考えることこそ「話す力」に繋がる」の内容を記事化しました。構成/谷本明夢)
ロジカルに考えるためには
読み書きのスキルが欠かせない
緒方憲太郎さん(以下、緒方) 世の中に多様な考え方の人があふれる現代。そこで起こる揉め事を見ていると、そのほとんどがコミュニケーション不足が原因のようです。みんながコミュニケーション力をつけて、人間関係をうまくやっていけるように『新時代の話す力』という本を書きました。日本人が小学校から習うのは読み・書き・そろばん。スピーキングとリスニングは学びません。だから、日本国民全員が話す力も聞く力も弱い。これは実は深刻な課題だと思っています。
会社でもプライベートでも、話す力があるだけで、自分のことも理解してもらえて、相手のことも理解できるようになる。もっと上手に人間関係を構築できると思うんです。
竹中平蔵さん(以下、竹中) 「日本では読み・書き・そろばんは習うけど、話す聞くは習わない」ということですが、私は読めなければ聞けないし、書けなければ話せないと思うんです。 英語を話そうと思ったときにそう感じたんです。英語を話せないって、要するに、英語が書けないっていうことです。同じことが母国語でもある程度、起こっているんじゃないかと思うんです。
ベースにあるのは、読む力と書く力。アメリカでは「エフェクティブ・コミュニケーション」という言葉が使われますが、相手の立場や、性格を考えていかに効果的に話すのか。それには、読み書きと同じように何段階かの努力が必要だと思います。
緒方 エフェクティブじゃない話し方では届かないですもんね。子どもは、字の読み書きができないうちから、話すことができますよね。それは大人になってからの「話す」は、何か違うということなのでしょうか。
竹中 書くとか読むというのは、「ロジカルに考える」ということなんです。もちろん話すとか対話は、ロジックだけではダメです。相手をいかにひきつけるかという要素がさらに入ってくる。でも、ロジカルに考えていないと話に説得力がないですよね。その部分が、ベースにある気がするんですよね。
小泉元総理大臣と働いて気がついた
「物事をシンプルに捉える」ということ
緒方 竹中さんは、これまでに「話す力」を鍛えようとか、工夫しようとか思ったことはありましたか。
竹中 ありませんね。うまく話そうと思ったことはあんまりないんです。ただ、できるだけ物事をシンプルに捉えようとは常に思っています。
小泉元総理大臣に初めてお目にかかったのは、もう30年くらい前のことです。私が一生懸命説明してるときに、小泉さんは腕を組んで、目を瞑って聞いてたんですよ。そのときは「この人寝てるんじゃないか」と思ったんですが、この聞き方のスタイルは、小泉さんが総理大臣になって、私が経済財政担当大臣として執務室で総理に説明してるときも同じでした。
そのときに分かったんです。この人は、話の枝を削ぎ落として聞いているんだ、と。こうして幹の部分だけを、持ち帰ってるんです。つまりシンプル化してるわけです。
ときには小枝が大事なこともあります。でも、小泉さんのように一国のトップになると、外交から経済、社会と、ものすごくたくさんのことを考えないといけません。そのときに、幹を見抜いて外さない、ということがすごく大事だと思うんです。
講演の議事録や記事、書籍などを読むときに、小ネタみたいなものがおもしろいこともありますよね。小ネタは人をひきつけるのにとても役立ちます。ただ、幹がしっかりして初めて小枝は意味を持ちます。ですからその幹の部分、メインストリームの内容は、やっぱりロジカルじゃなければいけない。そこの部分を持てる人というのは、ボソボソと話していても、エフェクティブ・コミュニケーションができる。そこはすごく、重要だと思うんです。
これに加えて、相手を「おっ」と思わせるエピソードを添えると、もっと話は効果的になりますよね。
「バルコニーに駆け上がれ」
俯瞰して物事の芯を捉える
緒方 話し方をエフェクティブにする芯の部分は、どうやって見つければいいのでしょうか。常に、芯を捉えたシンプルな話をしようと心がけていればできるんですか?
竹中 今は、社会でいろんな問題が起こっていますよね。それを勉強することが、最高の素材になるんです。この素材の、根本を考えることだと思うんです。
例えば、岸田内閣支持率が落ちている問題。原因を考えると、いろいろな要因がありますが、1つの要因は、最初の支持率が高すぎたということにあります。加えて、マスコミが中心になって、統一教会の話をものすごく煽った。また内閣支持率は相対的なもので、積極的な支持だけじゃなく、消極的な支持もあります。
そういう物事を見ながら、支持率が何で決まるんだろうという根本を考える癖をつけることだと思うんです。
緒方 普段から、考える癖をつけておくということですね。物事をシンプルに捉えるには、俯瞰して物事を見ていないといけないんだと感じました。俯瞰して見ていないと、何が幹なのか分からないかもしれない、と。
竹中 おっしゃる通り。俯瞰することはすごく大事で、「バルコニーに駆け上がれ」という、リーダーシップの権威であるハイフェッツの言葉があります。日本は、とにかく「現場が大事」だと言います。もちろん現場は大事です。でも、現場は所詮、現場なんです。それを俯瞰してバルコニーから見て、「ああ、こういうことか」「これを忘れているな」「これはちょっとやりすぎだな」と確認して現場に戻る。こうして俯瞰することが、すごく大事です。
人とコミュニケーションをするときにも、俯瞰してみると、表面的に言っていることとは別に、その人の背後に流れている音楽が聞こえるようになります。これもハイフェッツの言葉ですけどね。「その人の背後に流れる音楽を聞け」と。この人はこんな背景があるから、こういう問題に対して、こういう配慮をしながら話しているんだな、とか。そういうことはありますよね。
もちろん、実践するのは難しいかもしれませんが。エフェクティブ・コミュニケーションは、やはりすごく難しいですから。
緒方 でも、だからこそ、それができることが大きなアドバンテージになるんでしょうね。今、お話を聞いて、「やりたいな」と思いながら、「でも簡単にはできないなあ」と感じました。
竹中 そういうマインドセットを持っているだけで、あとはトレーニング。場数を踏めば少しずつできるようになると思いますよ。
緒方 なるほど。ありがとうございました。