「もうお金がない」――Aさんの口から発せられた言葉とは思えず、耳を疑った。これまでの彼女の経済状況を知っていたからだ。

 Aさん夫婦は、上海の一等地で何店舗もの上海料理の高級レストランや、食品開発の会社を経営していた。レストランは、レトロな上海の雰囲気の内装で、上海の家庭料理を高級にした料理を出す店で、有名人もよく訪れる人気の店だった。しかし、コロナ禍でお客さんの姿が消え、加えて上海のロックダウンで大きなダメージを受けた。中国には、日本が行ったような飲食店に対する休業補償金がなかったので、レストランは一軒、また一軒と潰れていった。さらに昨年末、食品開発の会社も倒産。「今は、もう事業が何も残っていない。生活費は、貯蓄の資産運用で得た利息を充てている。その利回りもこれまで10%以上あったが、今はその半分もない」とため息をつく。「だからもう、以前のような暮らしはできない」と、Aさんは曇った表情で話していた。

 Aさんはこれまでも度々日本を訪れている。日本で買い物をする場所は決まって伊勢丹や高島屋などのデパート、銀座のデパートや高級ブランドショップだった。買い方も豪快というか、値段をまったく気にする様子もなく好きなだけショッピングを楽しむので、買い物に付き合った筆者までその後しばらくは金銭感覚が狂っていたほどだ。ところが、今回彼女が足を運んだのは、新宿高島屋の隣にあるニトリ、そして中古品店だった。

高級マンション暮らし+仕送り40万円
都内の有名私立大学で留学していたが……

 もう一組の夫婦は、現在東京の有名私立大学で留学中の娘に会いに来た。今まで、娘さんは家賃20数万円の都内高層マンションで一人暮らし、さらに、親から毎月約40万円の仕送りをもらっていた。彼女はその豊富な資金で日本での留学生活をエンジョイしていた。移動はタクシーを利用することが多かったし、好きなアイドルを追いかけて、日本国内だけでなく海外にも度々行っている。

 何も不自由のない、リッチな生活をしていた彼女だが、今秋からは一変する。安いアパートに引っ越し、生活費を大幅に削られることになった。なぜなら、父親が20年以上経営していたリフォーム会社が、中国の不動産産業の低迷を受けて倒産の手続きに入ったからだ。「お父さんのせいで、これからの生活水準が下がることになる、ごめんね」という親子の会話を横で聞いて、寂しい気持ちになった。

 友人らは中国の高度経済成長の波に乗って富を築いてきた、いわゆる富裕層である。しかし、この数年で事業も金も失った。彼らの凋落ぶりを通して、中国経済の実態が垣間見える。富裕層の彼らでさえ、懐具合が寂しくなり、財布のひもが固くなっているのだ。中間層やそれ以下の国民の消費意識も同様に変わり、出費を抑えるだろうことは容易に想像がつく。