「今」を生きる姿勢が、悔いのない人生につながっていく

 文豪森鴎外は、日本人は「今を生きる」ということを知らないのではないかと、小説の主人公の日記の形をとって、つぎのように指摘している。

いったい日本人は生きるということを知っているだろうか。
小学校の門をくぐってからというものは、一生懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。
その先には生活があると思うのである。
学校というものを離れて職業にありつくと、その職業をなし遂げてしまおうとする。
その先には生活があると思うのである。
そしてその先には生活はないのである。
現在は過去と未来との間に画した一線である。
この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
(森鴎外『青年』より)

 実に味わい深い文章である。定年後は、もはや時間に追われて暮らす必要などないのだ。時間との付き合い方に関して頭を切り換えることができれば、これまで以上に豊かな時間を過ごすことができる。時を忘れるような瞬間を持つことで、「今」を充実させることができるし、時間的展望をめぐる葛藤からも解放される。

 時を忘れるような瞬間を持つ。このこと自体が、悔いのない自分らしい過ごし方ができている証拠といっていいだろう。