漫画「はだしのゲン」でも「手のひら返し」が描かれた
では、そんな戦争が浮き彫りにする「人間の醜さ」とはどんなものか。わかりやすいのは、漫画「はだしのゲン」に登場する鮫島伝次郎町内会長だ。
同作はよく左翼マンガなどと批判されるが、同時に戦中戦後にかけての日本人の「醜さ」をフィクションの形ではあるが克明に記録した資料でもある。
そんな「はだしのゲン」に登場する鮫島は、主人公・ゲンの住む広島市の舟入本町の町内会会長だ。当時、日本中に無数にいた「愛国日本人」で、戦争に消極的なゲンの父や家族をことあるごとに「非国民」と叩く。
そんな鮫島は8月6日に原爆が投下され、崩壊した家屋の下敷きになると、ゲンに「中岡のぼっちゃん」とこびて助けてもらう。もちろん、命がかかっているので、これくらいの「手のひら返し」はしょうがないが、問題は戦後になってからだ。
鮫島は広島市議会議員となっており、街頭で自らを「平和の戦士」と名乗り、「わたくしは戦争反対を強く叫びとおしておりました」などと街頭演説をしているのだ。それを見たゲンも思わずツッコミを入れる。
「日本が戦争に負けると こんどは戦争に反対していた平和の戦士か つごうがええのう」
今の日本人は信じられないだろうが、戦争に敗れた日本にはこういう鮫島のような「手のひら返し」をする人々がたくさんいた。「天皇万歳」と叫んでいた人が急に「民主主義万歳」と叫んだ。「鬼畜米英め!絶対に許さないぞ」と歯ぎしりをしていた人がテレビドラマ『奥様は魔女』を見て、アメリカ人のような生活に憧れた。「一億総玉砕」から「一億総手のひら返し」になったのである。軍をののしって新しい仕事に就く人もいた。戦時体制をボロカスに叩いてもうける人もいた。そんな「手のひら返しビジネス」の代表が「マスコミ」だ。
マスコミは戦後に「手のひら返し」で軍にすべての罪を背負わせることで、自分たちは「軍に命令されていた被害者」というセルフブランディングができた。その成功体験があるので何か困ったことに直面すると、脊髄反射で「手のひら返し」を繰り返してしまう。つまり、マスコミは戦後ずっと「鮫島病」を克服できない状態なのだ。
この「鮫島」という人物に注目して、ある種の日本人の醜さを凝縮した存在だと指摘しているのは、評論家の古谷経衡氏だ。個人的には、日本社会が抱える問題にも通じる重要な指摘だと思うので、最後に氏の言葉を引用させていただく。