日本経済復活およびビジネスパーソン個人の成長の秘訣を示した『CFO思考』が、スタートアップ業界やJTCと呼ばれる大企業のビジネスパーソンを中心に話題となっている。
本書の発刊を記念して、著者の徳成旨亮氏と、ベンチャー・キャピタル「アニマルスピリッツ」を立ち上げた元ミクシィCEOの朝倉祐介氏の対談が実現。「日本経済が復活するために足りないものとは?」「日本でスタートアップを盛り上げるにはどうすればいいか」「CFOに求められる資質とは」といったテーマについて、7回にわたってお届けする。(撮影/梅沢香織、構成/山本奈緒子、取材/上村晃大)

なぜ日本ではスタートアップは盛り上がらないのか

日本の多くのスタートアップは
上場後すぐ価値が下がるのはなぜか

徳成旨亮(以下、徳成) 今回朝倉さんとお会いできるということで、議論してみたかったことがあります。朝倉さんはスタートアップのメッカである、アメリカ西海岸のシリコンバレーにお詳しいですよね。私もサンフランシスコに本店のあるアメリカの地銀、ユニオン・バンクで取締役を務めていたので、西海岸には頻繁に足を運んでいたんですよ。

 ですから西海岸と日本のスタートアップの違いをお聞きしたくて。朝倉さんは著書で、日本はスタートアップの数が少ないだけにチャンスもある、と書かれていました。僕たち大企業が日本のスタートアップの状況を良い方向に変えられることがあるとしたら、それは何だと思われますか?

朝倉祐介(以下、朝倉) ご期待いただいている答えではないかもしれないのですが、私なりの仮説があります。近年はオープンイノベーションといって、大企業とスタートアップが連携して何か新しいビジネスを生みだそうという取り組みが珍しくなくなってきました。またその過程で、大企業がスタートアップに投資する、といった活動もますます増えてきています。

 これ自体は大変結構な話なのですが、「日本のスタートアップの状況を良くするために大企業ができること」を問われば、最も有効なのは大企業がスタートアップと事業連携することではなく、スタートアップに経済合理的なリスクマネーを供給するために企業年金の運用先の1カテゴリーとしてVCに資金を流すことだと思います。

 つまり、スタートアップに関わる活動の中心を、経営企画室から年金運用を担う労務や経理に移すことですね。

 実際、アメリカでスタートアップがここまで台頭するようになったのは、大企業とスタートアップの事業連携が進んだからではなく、規制の変更を受けて各種年金基金がVCを含むオルタナティブなアセットに振り向けられるようになり、VCを経由してスタートアップに資金が供給されるようになって以降のことです。

 また、VCとして投資活動を行うにあたって私はなるべくピュアなファイナンシャルプレーヤーとしてスタートアップに向き合うことを心がけていますが、一方でそこに大企業の方々が介在する際、ファイナンシャルな観点ではゆがみが生じることを感じることが時としてあります。

徳成 ゆがみと言いますと?

朝倉 具体的に申し上げると、たとえばコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC。事業会社が自己資金でファンドを組成し、主に未上場の新興企業に出資や支援を行う活動組織)等がスタートアップに直接投資をする際、担当の方々は往々にして「うちが求めているのはシナジーの創出であって、ファイナンシャルなリターンは二の次だ」と言われます。

 その結果、出資を受けたスタートアップが投資をした大企業に歩調を合わせることを求められ、下請けのような扱いになってしまうことが、時としてあります。それがスタートアップの企業価値向上に繋がるのであればよいのですが、必ずしも直結していないと、よりインパクトの大きい事業をつくろうとする起業家やリターン創出を狙って出資するVCと利害がずれ、同床異夢になりかねない。株主間のインセンティブのゆがみです。

徳成 そうなると、そのスタートアップ会社の市場価値も下げてしまいますね。

朝倉 また、金銭的な投資リターンは求めず事業連携が最優先という目線で事業会社主導で投資が行われると評価額が高騰し、次回以降のラウンドでファイナンシャルなプレーヤーはなかなか手出しができないということも起こります

結果、未上場段階で十分な資金を集められないまま上場し、以降の株価が振るわないといったことが生じてしまう

徳成 なるほど、大変参考になるご指摘です。

朝倉 加えて、ベンチャー・キャピタル(VC)の人間として自分たちのファンド資金を調達する中でよく直面することなのですが、VC投資を検討してらっしゃる事業会社から「うちがいちばんに求めているのは金銭的なリターンではなく事業シナジーだ。そのニーズに合った投資先を見つけてほしい」と言われることがあります。あるいは、そういった会社をリサーチして報告してほしい、と。

 事業会社側の観点として、この考えは非常に合理的ですし、私自身も上場企業経営者として複数のVCに出資する際、そのようなリクエストをしていました。

 しかしVC本来の役割は何かというと、出資者からご投資いただいた資金を、成長が期待できるスタートアップに正しい評価額で投資し、投資リターンを上げることのはずです。それが肝心のお金を出す側に金銭的リターンは二の次だと言われてしまうと、インセンティブ構造が本来の役割に合致しなくなる。辛辣な言い方をしますと、VCは出資者である事業会社に対してリサーチ会社、あるいはコンサルティング会社のような顧客サービスを行うことに力を割かざるを得ません。

 「とにかく情報を持ってきてほしい」とリクエストされれば、お金を出していただいている以上は当然最善を尽くすのが筋ですが、そうなるとどうしても投資活動に向けるリソースは奪われてしまいます。極端な例だと「自社の新規事業開発やオープンイノベーションに向けた人材研修をしてほしい」といったことまで頼まれるようになると、ますますコンサルティング会社のようなサービス業化せざるを得ない。

 数多くVCが存在する中で、もちろんそういった方向性で差別化を狙うVCがあること自体は良いと思いますし、VCファーム経営の戦略としても有効だと思います。一方で、スタートアップに資金提供するプレイヤーのマジョリティはあくまでピュアにファイナンシャルなリターンを狙うVCでないと、スタートアップのエコシステムが健全に発展しないのではないかと危惧しています

なぜ日本ではスタートアップは盛り上がらないのか朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ) アニマルスピリッツ代表パートナー、シニフィアン株式会社共同代表。兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て現職。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。