日本のベンチャー・キャピタルが
純粋に利益を追い求められない2つの理由

徳成 よくわかりました。今おっしゃった状況になってしまう理由は、おそらく2つありそうですね。僕はもともと三菱UFJフィナンシャル・グループでも年金や投資信託などの運用を行っている信託銀行にいたんですね。その経験から、僕の問題意識も朝倉さんと近いところにあります。

 欧米やアジアのアセットマネジメント(資産運用)会社では、ファンドマネージャーも自分の個人資金をファンドに「セームボート・マネー」として投資したり、運用成績が一定以上の場合は成功報酬を受け取ることができる仕組みとなっていたりするケースが多くみられます。

 一方、日本の大手アセットマネジメント会社では、一部の例外を除いて、運用成績と報酬とのリンクが極めて限定的ですし、企業年金基金などの金主側も元経理部長などのサラリーパーソンが多い傾向にあります。

 資産運用のプロではない金主が、単年度のボーナスを気にするサラリーパーソンに資金を預けて年金運用するので、本来はVCなどに向かっても良い資金が流れていかないんだと思います。

 長期の資産運用であれば、もっと分散投資しても良いはずなのですが、どうしてもまだ伝統的な運用資産、つまり上場企業株や債券などリクイディティ(流動性)のあるものに偏っていて、なかなかプライベートエクイティ(未公開株)やVCなどのオルタナティブ(代替投資)に投資できずにいます

 その結果、VC側としては、純粋にリターンだけを求める年金性資金のような金主ではなく、事業会社の経営企画部や新規事業開発部みたいな部署を金主として頼らざるを得ない。だから、そうした企業サイドのリサーチ機能、あるいはコンサルティング機能のようなことまでやらないといけなくなっているのではないか、というのが1つ目の仮説です。

 高齢化が進む日本の年金ファンドはどんどん大きくなっていて、本来は多彩な運用先を探さなきゃいけないはずなのですが、その年金運用とスタートアップの資金調達が上手く結びついていない、そういう問題意識は僕も感じますね。

 もう1つは、企業側のCFOがちゃんとしていない、ということに尽きます。CVCであっても、VCへの出資であっても、投資によるリターンは、最終的には企業全体のリターンになってくるわけですから、そこに対する目配りを各企業のCFOがきちんとしなければいけない。

 各企業のCFOは、「投資先企業とのシナジー追求者」であるのと併せて、最終株主から資本を預かってそれを運用している「投資家」でもあるわけです。私は、ニコンでは「出資モニタリング委員会」の委員長も兼務していて、常々「CVC投資からもちゃんと儲けろ」ということも言っていますし、CVCの投資リターンは定期的に取締役会で独立社外取締役に報告して、チェックしてもらっています。

シナジー」という美辞麗句のもとに、取っているリスクに対するリターンがおろそかになっていませんか?ということは、自分自身に対してもしばしば言い聞かせているのですが、スタートアップサイドの朝倉さんたちから見ると、やっぱりそう見えてしまうんだな、と。非常によくわかりました。

朝倉 正直、徳成さんのような意識を持って市場の構造を見たうえで発信されている方は少ないと思います。たとえば、国のお金をスタートアップに流しこんだらいいじゃないか、という言説がよく出ます。

 もちろん、規律のあるお金の用い方ができれば非常に効果的だと思いますが、野放図にお金を供給すると価値が水膨れした会社が増え、上場した瞬間に急落してしまいかねない。長期的に見ると、それでは健全なエコシステム形成が実現できないのではないか、という思いがあります。

なぜ日本ではスタートアップは盛り上がらないのか徳成旨亮(とくなり・むねあき) 株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。