CFOは「会社のスポークスパーソン」
徳成 CFOに求められる2つ目の資質は、コミュニケーション能力だと思っています。CFOはいろんなステークホルダーと話をします。その相手が何を聞きたがっているのか、その関心事を素早く察知して、自分の知識の引き出しの中から、相手が希望する領域の話がすぐできる、そのうえでさらに、相手の心を掴む話ができる、という資質が求められると思います。
たとえば、私はIRで世界中の投資家に会いに行きますが、ESGについての関心は両極端です。一部にはESGへの取り組みのことを熱心に聞いてくる投資家もいます。でも大半の投資家は「そんなきれいごとはどうでもいい」と言う。
著書の中でも書いているのですが、日本のサラリーマンはよく、スーツの襟にSDGsバッジを付けていますよね。
朝倉 はい、大手町などに行くとよく見かけますね。
徳成 バッジを付けることで社会問題に取り組んでいる人間である、あるいは企業である、ということを示しているわけですが、僕はあのバッジを付けている欧米人を見たことがないんですよね。
日本人はバッジを免罪符のように思っているところがありますが、僕はある投資家に会ったとき、「最後に何か喋りたいことはあるか?」と水を向けられたので、ESGについて話そうとしたら、「それはいい」とシャットアウトされました。「どうせちゃんとやっていると言うんだろう。日本企業はすぐESGの話をしたがるが、君たちがマジメでちゃんとやっているのはわかっている。ESGはいいから、ちゃんと株価を上げろ」と言われたんです。
そんなふうに、ESGに取り組むだけじゃなくて儲けも出せ、という投資家のほうがグローバルには圧倒的に多いと僕は感じています。
だからこそCFOには、その相手が何を聞きたがっているのか、その関心事を素早く察知する力や相手の心を掴めるコミュニケーション力が必要なのです。経営戦略はもちろん、気候変動からM&A、IT、人的資本経営のことまで、あらゆることが企業価値にどうリンクしているか、投資家の心を惹きつけられるストーリーで話せなければならない。従ってCFOに不可欠なもう一つの資質は、コミュニケーション能力だと思っています。
朝倉 もちろん会われるのも、投資家だけではないでしょうしね。
徳成 そのとおりです。私は環境NGOやNPOの人にも会ったりしますし、従業員組合には定期的に会社の状況を説明しますし、新入社員研修を含む社内の各種研修の講師も行っています。
さらに、早稲田大学などの大学院や各種セミナーでお話しすることもあります。これからのCFOは、単に投資家と対話するだけの存在ではなくて、会社のスポークスパーソン的役割も担うべきだと思って、幅広に引き受けています。
ですから、そういうことも楽しめる人、変化をいとわない人、コミュニケーションを取るのが好きな人、そしてもちろんベースに数字の理解がある人。これが良いCFOになれる条件だと僕は思っています。
そんなCFOという職を是非やってみたいな、CFOになることをビジネスパーソンとしての最終ゴールに置きたいな、と思う人が、僕の本を読んで出てきてくれると嬉しく思います。
朝倉 CFOというと、それこそ財務分野の専門家、というイメージを持ちがちですが、ご著書を拝読したり今のお話を伺ったりしていると、ある種、究極のジェネラリストといった側面があるんだなと感じました。もちろん、そのバックボーンとして数字に強い必要はあると思いますが。
徳成 まさにジェネラリストですね。それはなぜかというと、昨今は企業価値に影響を与えるものがどんどん多岐に渡ってきているからです。やはり最終的に重要なのは企業価値であり、株主価値ですから、そこに影響を与えるものについてはCFOは所管していなければならない。
あるいは、所管していなくても、少なくとも理解していて、魅力的に伝える能力が必要。CFOは、そういった役割を果たさなければならない立場なのです。
朝倉 考えてみれば私が社会人になる少し前までは、上場企業もキャッシュフロー計算書を公表していなかったんですよね。ちょっと今だと考えられないですけど。そう考えると、たしかに理解しておくべきことが如実に増えていますね。
徳成 本当に。だから私も、日々勉強ですよ。僭越ながら、数年前の自分よりもカバレッジ(責任範囲)が上がっていると思います。そこに対して「もういいよ、疲れたよ」となったら引退しようと思っているのですが、今はまだおもしろいので勉強を続けています。若い人に負けるもんか、ってね(笑)。
僕は、「徳成さん、いつも楽しそうに仕事していますね」って言われるのがいちばん嬉しいんですよ。率先垂範で部下に背中を見せることも大切ですが、僕は笑顔を見せることを意識しています。仕事は楽しいんだよ、と。
加えて、「失敗しても大丈夫だから、僕がフォローできる範囲だから、何か新しくやってごらん」と言う。それがうまく当たって本人が結果を出せたら、こんなに誰もが嬉しいことはないじゃないですか。
朝倉 先入観で言うと、CFOって「嬉しい」とか「楽しい」という言葉といちばん縁遠そうなイメージがありますよね。だからこそ笑顔が必要なのかもしれません。
株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。
慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。