会社員を装って中国で情報収集…?日本人に向けられる疑心暗鬼
中国のネット記事に「日本人は戦前から会社員を装って中国に入国し情報を収集しており、いまなお日本人のスパイは中国社会のあらゆる領域に深く浸透している」とするくだりがあった。
まさに先頃話題になったテレビドラマ「VIVANT」に登場する「別班(べっぱん)」を想起させるが、これは先述した詳細な記述を要求するビザ申請と符合する。とりわけ「過去の職歴と当時の上司」を詳細にわたり書かせるのは、「公務員職を一時的に離れ、民間企業の職員となり中国に入国する日本人がいるからではないか」と推測する向きもある。
もっともスパイを疑われているのは会社員だけではない。中国当局は駐在員の身分で滞在する会社員の活動のみならず、研究者などの学術交流についても警戒している。
現代中国を研究する私大教授C氏は、「日常のメールのやりとりでさえも中国側の相手は警戒し、余計な描写は避け、非常に短い一文しか戻ってこなくなりました」と変化を物語るが、こうしたコメントからも中国側の関係者がかなり用心深くなっていることがうかがえる。
「車の中からは風景の撮影をしないようにお願いします。これから港を見学しますが、カメラやスマホは持参しないでください」――中国を視察で訪れた日本人のD氏は、現地のガイド役の中国人からこう指示されたという。D氏にとって4年ぶりの中国訪問は緊張の連続だった。
前出のA氏もいくつかの異変を感じ取っている。山東省青島市を訪れた印象について、「あれほど外国人でにぎわっていた青島でしたが、その数は激減し、欧米人に至ってはほとんど姿を見ることはありませんでした」と率直な印象を述べている。
そのA氏が国際線で羽田空港に向かう帰途に就いたときのことだ。離陸直前の機内で、乗客はすべての窓のシェードを閉めるようアナウンスが流れた。「中国往来は15年近くなりますが、こんなことは初めてです。滑走路には外国人に見せたくないものがあるのでしょうか。不気味さを感じました」と漏らす。
E氏にも長い中国歴があるが、今夏出張の際に中国の銀行口座と携帯番号を解約した。中国との往来を持つ日本人はE氏のように現地の銀行口座と携帯番号を持つのが通例だが、筆者の周辺では中国から距離を置くためのこのような選択が散見されるようになった。
「スパイはどこにでもいる」と中国当局が警戒を強める中、この「反スパイ法」は間違いなく日中間の交流の分断を招くだろう。互いに「あの人はスパイかもしれない」と疑心暗鬼になり、痛くもない腹を探り合う、そんな嫌な世の中の到来を予感させる。
山崎豊子氏の小説「大地の子」では、主人公の残留日本人・陸一心が文革中に「日本人である」という理由で無実の罪を着せられ、文化大革命の嵐の中、僻地の労働改造所に送り込まれるシーンがある。
何がどう災いするかわからない、あの混沌とした社会への逆戻りは止まらないのだろうか。少なくとも、私たち外国人が「容易に足を踏み入れることができなくなった国」という意味で、今の中国は文化大革命が始まる前夜をほうふつとさせている。