仕事、恋愛、人間関係……。しんどいことが続き、「すべてをリセットしたい」と思う人も少なくないだろう。「悩んだときに心が軽くなる本」として、幅広い年代に人気の『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(クルベウ著 藤田麗子訳)は、自分より他人を優先してしまう、我慢しがちな人におすすめの1冊だ。近年では著名人が自ら命を絶つ報道などを目にする機会が増え、報道を見た人への影響も懸念されている。精神科医で禅僧の川野泰周氏に本書の内容をふまえて、「生きていることがつらくなってしまったとき」について話を聞いた(取材・構成/林えり、文/照宮遼子)。

【精神科医が教える】心が追いつめられたときにこそやってほしいこととは?<br />Photo: Adobe Stock

プツンと糸が切れる前に

──「本当にしんどい」「もう無理だ」と思ったときにはどうするのがよいでしょうか。

川野泰周(以下、川野):ひとりで抱え込んでしまうと、悪い方向ばかりに考えてしまうことがあるので、まずはご自身の心の中にある苦しさを、少しでも打ち明けられる人は誰かいないか、を考えてみていただきたいです。

──つらいときは、自分の気持ちを誰かに伝えるほうがよいのですね。

川野:そうですね。「生きることをやめたい」と思ってしまう大きな要因の一つは「所属感の欠如」と考えられています。

──「所属感の欠如」ですか。

川野:はい。「自分には居場所がない」つまり、孤独であるという感覚が自死を促進してしまうことがあります。

どんなにささやかでもいい。誰か、あるいはどこかと「つながっている」という感覚が、時として生き続けるための大きな支えになることを、私も精神科臨床の現場で実感しています。

SNSが「救い」になることも

──最近はSNSで心が追いつめられる、という報道もよく目にしますが、SNSと心の関係についてはどう思われますか?

川野:芸能人が自死されたケースの中には、SNSでたたかれたことが原因と考えられるものもあるようです。

誹謗中傷にさらされ続けた結果、心が追いつめられてしまうことは、想像に難くありません。

SNSは使う人のモラルや、他者への配慮、思いやりを発揮できるかにかかっているので、不特定多数の人とかかわる方はとくに、思いやりのない人の嫌な書き込みを目にしてしまう可能性も高くなります。

ただ、場合によってはSNSが、「生きるための救い」となることもあるように思います。

──「生きるための救い」ですか。

川野:はい。SNSで自分の思いを書き込む行為は、自分ひとりで抱えてきたものを、自分の外側に「いったん置いてみる」ことにつながります。

文字として「客体化」することによって、ネガティブな感情に没入している状態からいったん離れて落ち着くことができる。

これを心理学的には「対象化」というのですが、SNSにはこの対象化を促進する働きがあるのではないかとも考えています。

さらに自分の苦しい思いを共感してもらったり、メッセージのやり取りで思いを共有できると、心持ちがずいぶん軽やかになっていくのではないでしょうか。

ひとりで抱え込んでいたものを、書いて、あるいは話して人に伝えることによって、その重さを分けられるからです。

──自分はひとりじゃないと思えることが大切なんですね。

川野:そうなんです。そうやって共有できると、「みんなも苦しい中でがんばって生きているし、私の苦しみもわかってもらえたみたい。もう一日だけ、生きてみようかな」と思えるようになるのではないでしょうか。

「自分らしく生きる」ことを自分で認める

──川野先生が考える、生きていくうえで大切なこととはなんでしょうか?

川野:月並みかもしれませんが、「自分らしく生きることを、自分で認めてあげる」のが大切だと思います。

今年の夏に『猫と、とうさん』という猫と暮らす男性たちのドキュメンタリー映画が公開されたのですが、この映画では「男は犬を飼う、女は猫を飼う」ものだという白人文化、一種の性差別的な考えを乗り越えているんですね。

男だからといって強くある必要はない、猫が好きなんだから猫を飼っていい。この映画のように、自分の思いを大切にして、自分らしく生きる自分を認められることが、生きていくうえで大切なのではないでしょうか。

「自分の内側」に目を向けよう

──『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』という本のタイトルを見て、自分が我慢をしていたことにはじめて気づけたという人もいます。自分の本当の気持ちを把握するのも難しいものですね。

川野:そうですね。言葉にできない漠然としたつらさを抱えているのに、自分はつらいんだと気づけない人はとても多いのではないかと思います。

外から入ってくる情報が多すぎて、自分の内側を見ることができないのかもしれません。

まずは、自分が苦しいんだという状態に気づかないとセルフケアはできません。

その状態に気づくためには、やはり瞑想をはじめとする、「心と向き合うマインドフルな習慣」を持ってほしいというのがわたしの思いです。

──自分の心に気づくことが大切なんですね。

川野:そうですね。しんどさを放置し続けるのではなく、いったんそれを誰かに話したり、何かに書いて表現したり、あるいは本を読んだりすることによって、「私はずっと我慢していたんだな。弱さをさらけ出すことは悪いことではないんだ」と気づくきっかけになります。

自分の心を押し殺さず、そして他者との比較ではなく、本来の自分らしさを受け入れる心を育てていただければと思っています。

 ------

▪️「よりそいホットライン」(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
フリーダイヤル:0120-279-338(24時間対応)
(岩手・宮城・福島県からは、0120-279-226)

▪️「いのちの電話」(一般社団法人 日本いのちの電話連盟)
フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)
ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)

 ------

川野泰周(かわの・たいしゅう)
精神科・心療内科医/臨済宗建長寺派林香寺住職
精神保健指定医・日本精神神経学会認定精神科専門医・医師会認定産業医。
1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行。2014年末より横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。
主な著書に『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『半分、減らす。「1/2の心がけ」で、人生はもっと良くなる』(三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。