「新興国の時代の終わり」は近づいている。
その時、日本は?

小林:『リバース・イノベーション』を読んで感じたことでもありますが、新興国で先進国企業のローカルのイノベーションがうまくいった領域を見ると、医療、環境、食糧、通信網など、贅沢品よりも生活に密着した領域が多いように見えます。

 マイケル・ポーター流に言うと「社会のニーズと企業の利益を両立しうるような領域」に一番チャンスがあるとされています。だからこそ、CSRやフィランソロピーという社会貢献の話ではなく、営利目的をうまく現地と一緒につくっていく、現地のニーズに合わせてリーズナブルな価格で、という形が入りやすいのでしょうか。

太田:まったくその通りだと思いますね。事業機会で考えると、一番当たると大きいのが社会的ニーズです。リバース・イノベーションが脚光を浴びたのは、そこに一番アプローチしやすいやり方だからでしょう。

 ただ、時間軸を伸ばして見ると、「新興国」という言葉の寿命は、使い続けてもあと5~10年くらいだろうと、私は考えています。2025年には所得の差がだいぶ縮まり、それ以降は、新興国は存在しなくなる。おそらく5年後には社会的ニーズも変わっていて、たとえば都市化や高齢化などがどの国でも変わらぬ課題になってくる。そういうところのイノベーションをどう起こすかが、重要になってくると思うのです。

小林:前回の対談で、GEヘルスケア・ジャパンの星野和哉氏が「マルチポイント・イノベーション」というキーワードを用いて、日本は超高齢社会だから、日本でこそできるイノベーションに取り組み、安いものは新興国に積極的に任せればいいとおっしゃっていました。そういうふうに一段高い視点でグローバル競争を捉えて、いわゆる世界戦略を地域ポートフォリオ的な考え方でそれぞれの役割を決めたり、事業の特性やライフサイクルに応じて異なる物差しを持ったりすることが大切ですね。

 それができるのは経営者です。たとえば、コマツの元社長の安崎暁氏は、業績が低迷していた時代にもIT投資を積極的に行い、成長の基盤を築きました。後継者の坂根正弘氏がその後、腕をふるい、KOMTRAX(コムトラックス:建設機械の情報を遠隔地から確認するシステム)をはじめとするイノベーションでコマツは復活しました。そういう事例を見ると、サラリーマン企業でもできないことはないんです。

太田:昨今のモノやサービスには本質的に破壊的要素があるので、既存の事業部の中でリスクをとらせて、経営者がそのリスクを判断するのは非常に難しい。これは事実です。だからこそ、本社から離れたところに、ある程度の権限とリソースをどれだけ配備できるかで、10年後は大きく違ってきます。芽が出るまでに時間がかかりますが、そこは経営者の胆力が問われる部分です。

小林:日本は今まで一つの事業を中心に現場力の強さで伸びてきましたが(事業運営力)、それを強みにしつつも、本当に経営力が問われる時代に来たと思いますね(企業経営力)。これまでも製品開発などで研究者が勝手に取り組んで、結果としてうまくいった例もありますが、それだけでは一発屋で終わってしまうのです。そういうイノベーションを繰り返す、再現可能性を生み出すのが経営力です。今回は、興味深いお話をありがとうございました。


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ISBN 978-4-478-021651

『リバース・イノベーション――新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき
ビジャイ・ゴビンダラジャン+クリス・トリンブル著 渡部典子訳 小林喜一郎解説
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◆主要目次
【第1部】 リバース・イノベーションへの旅
  第1章 未来は自国から遠く離れた所にある
  第2章 リバース・イノベーションの5つの道
  第3章 マインドセットを転換する
  第4章 マネジメント・モデルを変えよ
【第2部】 リバース・イノベーションの挑戦者たち
  第5章 中国で小さな敵に翻弄されたロジテック
  第6章 P&Gらしからぬ方法で新興国市場を攻略する
  第7章 EMCのリバース・イノベーター育成戦略
  第8章 ディアのプライドを捨てた雪辱戦
  第9章 ハーマンが挑んだ技術重視の企業文化の壁
  第10章 インドで生まれて世界に広がったGEヘルスケアの携帯型心電計
  第11章 新製品提案の固定観念を変えたペプシコ
  第12章 先進国に一石を投じるパートナーズ・イン・ヘルスの医療モデル
  終章 必要なのは行動すること
  付録 リバース・イノベーションの実践ツール
       ネクスト・プラクティスを求めて