企業はどのようにして賃上げの原資を確保するのか

 最初に考えたいのは、企業はいかにして賃上げの原資を確保するかだ。具体的には、値上げ先行の図4では、移行2年目の最初に賃上げが行われている。この原資としては2つの可能性が考えられる。

 第一は、賃上げに伴うコスト増を移行2年目の価格に転嫁することだ。これは、「将来」の値上げを原資として賃上げを行っていると言い換えてもよい。

 第二は、「過去」の値上げを原資とする賃上げだ。企業は移行1年目に値上げを行ったのでその分のもうけがある。それを使って2年目の初頭に賃上げを行うということだ。

「将来」の値上げを原資として賃上げができるのは、コスト増を価格に転嫁する自信がある、価格支配力の高い企業だ。典型的には大企業である。

 それに対して、「過去」の値上げ分に頼るのは価格支配力が低い企業で、典型的には中小企業だ。

消費者はどのようにして値上げに耐えるのか

 次に、消費者(労働者)の移行プロセスに視点を移そう。企業と同様、消費者も「将来」型と「過去」型の2種類に分けられる。

 まず、将来の賃上げに注目するのが「将来」型の消費者だ。図4の移行1年目でいえば、「将来」型の消費者は2年目の初めに賃上げがあると認識しているので、1年目はそれを当てにして消費する。やがて賃上げがあると楽観しているので、1年目に先行している値上げを苦にしないという特徴がある。

 これに対して、過去に起きた賃上げに注目するのが「過去」型の消費者だ。例えば、図4の移行2年目では年初に賃上げがあったので、「過去」型の消費者はその賃上げ分を使って2年目の値上げを乗り切れる。一方、賃上げがまだされていない移行1年目の期間は値上げに耐えられない。

 以上の議論を踏まえると、好循環への移行が円滑に行われるか否かは、表1のように整理できる。

 まず、企業も消費者も「将来」型の場合(左上のセル)、好循環への移行は円滑に進む。消費者は1年目の値上げに耐えることができ、賃上げ分の価格転嫁に自信がある企業は2年目の初めの賃上げも順調に行えるからだ。

 消費者が「将来」型、企業が「過去」型の場合(右上のセル)も、移行は円滑だ。消費者は1年目の値上げを乗り切ることができ、企業は1年目の値上げで蓄えた資金で2年目の初めの賃上げに踏み切れるからだ。

 ところが、消費者が「過去」型、企業が「将来」型の場合(左下のセル)、同じようにはいかない。企業の賃上げは問題ないが、「過去」型の消費者は1年目の値上げを乗り切れないからだ。移行を円滑に進めるためには、1年目の消費者に対して政府が所得補填を行うなどの財政支援が必要だ。同じ理由で、消費者と企業の両方が「過去」型の場合(右下のセル)も、1年目の消費者への所得補填が必要となる。

 このように、値上げ先行で好循環への移行を目指す際には、「過去」型の消費者への財政支援が必要となる。政府は現在、物価高に対応すべく経済対策を策定中だが、報道によれば、その一環として所得補填策が検討されている。「過去」型の消費者の数が多いのだとすれば適切な措置である。

 ただし、今の日本経済の状況は表1よりもさらに複雑である。図4にある移行1年目の値上げは、輸入品や輸入原材料の価格上昇が転嫁したことによって起きたからだ。

 これまでの議論では、1年目の値上げによるもうけはすべて国内企業の懐に入ると考えてきた。しかし実際には値上げの裏で発生した所得は海外に流出してしまった。筆者の試算によればその額は約30兆円に上る。表2はこれを考慮したものだ。