人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【外科医が考察】20世紀以前の手術は痛みに悶えるものだった…麻酔なしで股間を大きく切開し、膀胱を切り開く恐ろしい手術の実情Photo: Adobe Stock

股間を大きく切開し、膀胱を切り開く

 かつて手術とは、凄まじい痛みに悶えながら受けるのが当たり前だった。

 全身麻酔の技術が開発され、世界的に普及したのは二十世紀以後である。

 痛みのない手術など想像すらできなかった時代、外科医に求められたのは「いかに速く手術を行うか」であった。患者に苦痛を与える時間を短縮することこそが、外科医に求められる重要な技術だったのだ。

 かつてヨーロッパでは多くの人が膀胱結石という病気にかかった。膀胱結石はその名の通り、膀胱内に石ができ、痛みや血尿などの原因となる病気で、尿路結石の一種である。

 劣悪な衛生環境によって尿路に感染を起こしやすく、また貧しく水分摂取が十分にできなかったことが、結石ができやすかった原因と考えられている。

 石を取り出すためには、股間を大きく切開し、膀胱を切り開く必要がある。麻酔なしでは恐ろしい痛みを伴う手術だ。

奇妙な手術名

 手術を受ける際、患者は仰向けに寝て両足を上げ、股を開く。この体位そのものは、現代でも直腸や子宮、膀胱などの骨盤内臓器の手術をはじめ、さまざまな場面で採用され、「砕石位(lithotomy position)」と呼ばれている。

【外科医が考察】20世紀以前の手術は痛みに悶えるものだった…麻酔なしで股間を大きく切開し、膀胱を切り開く恐ろしい手術の実情砕石位(イラスト:竹田嘉文)

 今となっては奇妙な名前に思えるが、膀胱結石の手術が広く行われた時代の名残である。十八世紀を代表するイギリスの外科医ウィリアム・チェゼルデンは、膀胱結石の手術を得意としていた。

 チェゼルデンが名を馳せたのは、通常一時間ほどかかるこの結石除去術を、わずか一分以内に終わらせることができたからだ。高速であるがゆえに出血量も少なく、当時四〇~五〇パーセントともいわれたこの手術の死亡率を一〇パーセント以下に下げることに成功し、ヨーロッパ中で有名になった(1)。

 彼の技術は、速さと質を兼ね備えていたのだ。

 全身麻酔が当たり前のように行われ、患者に苦痛を与えることなく何時間もの手術を行えるようになった今でも、腕の良い外科医はたいてい手術が速い。

 これは必ずしも、手が目まぐるしいスピードで動くという意味ではない。目標に到達するまでに必要な工程数が少なく、無駄な動きがないため、結果的にかかる時間が短いのだ。

 手術の「速さ」とは、手の器用さのみならず、頭の良さ、周到な準備と計画性、臨機応変の対応力、人体という構造への深い理解を背景に、質の高い手術が行われた結果にすぎないのである。

【参考文献】
(1)『改訳 新版 外科の歴史』(W・J・ビショップ著、川満富裕訳、時空出版、二〇一九)

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学からの抜粋です)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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