アメリカの政治家は「お金を要求」できる
日本とは桁違い
アメリカで生活をした人ならばわかると思うが、アメリカの選挙は日本とは桁違いに金がかかる。わかりやすいのは、NHKの特設サイト「アメリカ大統領選挙2020」内の「政治に最も必要なのは金」(2019年11月15日)というコラムだ。
なぜこんなにアメリカの選挙はカネがかかるのかというと、選挙は国民参加の巨大イベントなので、宣伝広告費がバカみたいにかかるのだ。
いくらでも集められるということは、アメリカの政治家は自分を支持する企業や団体に対していくらでも「カネをよこせ」と要求できるということでもある。
一方、日本はどうか。若い人はご存じないだろうが、かつて日本でも政治家が団体に「カネ」を要求できた。しかし、リクルート事件や東京佐川急便事件など、「政治とカネ」スキャンダルが続発し、なんとも日本らしいこんな解決策が提案された。
「国民がコーヒー1杯分程度の税金を払って、それで政治家を食わしてやれば、政治家はカネの心配がなくなって汚職がなくなるのでは」
今思えば「旧ソ連か」とあきれるような狂気の沙汰だが、当時の日本人はみんなピュアで、「それはナイスアイデアだ!」と大賛成。こうして今、我々が政党に「みんなで好きに使ってね」と血税315億円をプレゼントする「政党助成金」という制度が生まれたわけだ。
言うまでもなく、自由と競争の国・アメリカには、こういう社会主義的な発想はない。だから、政治家は自力で企業や団体からカネを集める。逆に言えば、カネを集められない人はどんなに優秀でも政治家になれないのが、アメリカだ。だから、トランプ氏やペンス氏はいろんな政治イベントに多額のギャラで登壇する。
こういう日米の政治家の「カネ」の感覚の違いをガン無視したまま、「トランプは3億もらっているのに、安倍元首相はタダで出演とは闇が深すぎる!」とか騒ぐのは、あまりにも強引な気がしてならないのだ。