アビスパ福岡を初タイトルに導いた長谷部監督の手腕…エースが「心をつかまれた」瞬間とは?Hiroki Watanabe / Getty Images Sport

かつてJ2とJ1を行き来していたアビスパ福岡。昇降格を繰り返す「エレベータークラブ」だった同チームが、今ではすっかりJ1に定着した。それどころか、2023年の「YBCルヴァンカップ」では強豪・浦和レッズを撃破し、Jリーグ参入28年目にして初タイトルを獲得した。その立役者といえるのが長谷部茂利監督である。J1屈指の人気クラブ・ガンバ大阪に誘われたエースストライカーに「おめでとう」と言葉をかけるなど、器の大きなマネジメントを展開する同監督の手腕に迫る。(ノンフィクションライター 藤江直人)

アビスパ福岡・長谷部監督は
ビジネス界の「理想の上司」!?

 組織として成功を収めたときには部下たちをたたえ、逆に失敗したときには自らが責任を取る。部下たちが成長していく姿に目を細める性格は表裏がなく、曲がったことを何よりも嫌う。

 ビジネスの世界で「理想」とされるような上司が、日本のサッカー界にもいる。11月4日に行われた国内三大タイトルの一つ、YBCルヴァンカップ決勝。浦和レッズを相手に2-1で逃げ切り、Jリーグ参入28年目にして悲願の初タイトルをアビスパ福岡にもたらした、52歳の長谷部茂利監督だ。

 部下にあたる選手たちから慕われる理由は、熱戦が終わったばかりの国立競技場のピッチで行われていた表彰式から伝わってきた。優勝カップを天高く掲げ、歓喜の雄たけびを上げる福岡の選手たちを、長谷部監督は集団の一番外側で遠巻きに、まるで見守るように眺めていた。

 輪のなかに加わらなかった理由を問われると、指揮官は「主役は選手ですから」と即答した。

「タイトルを勝ち取ったのは選手たちです。私やコーチングスタッフは彼らのそばについている、あるいは彼らを指導しているだけの存在なので、主役が目立つべきだといつも考えています」

 ただ、このときは従来と異なる姿が一つだけ見られた。ファン・サポーターが陣取るゴール裏のスタンド前に、普段はほとんど足を運ばない長谷部監督がいた。しかも、選手たちから促された指揮官は照れくさそうに優勝カップを掲げて雄たけびを上げた。どのような心境の変化があったのか。

「私も少しだけ仲間に入れてくれ、という心境でした。自分としても大仕事を成し遂げたうれしさがありましたが、自分が率いたチームが、選手たちが活躍した。それが何よりもうれしかったですね」

アビスパ福岡を初タイトルに導いた長谷部監督の手腕…エースが「心をつかまれた」瞬間とは?凛々しい表情の長谷部監督 Hiroki Watanabe / Getty Images Sport

 現役時代は中盤の選手として活躍し、タイトルを獲得した経験も持つ。神奈川県の強豪・桐蔭学園高から中央大を経て、黄金時代を築いていたヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)へ1994年に加入。リーグ戦と天皇杯、そしてルヴァンカップの前身ヤマザキナビスコカップを一度ずつ制した。

 もっとも、当時のヴェルディの中盤ではラモス瑠偉、北澤豪、柱谷哲二、ビスマルクらのスター選手が豪華競演を果たす一方で、長谷部監督はいぶし銀の存在感を放つ、玄人好みの選手だった。

「私自身は当時も脇役でした。主役を演じられる選手がたくさんいる状況もありましたが、実際のところはあまりよく覚えていません。なので、優勝カップを掲げた記憶もありません。その意味でも選手たちに、またファン・サポーターに促される形で掲げた今日を絶対に忘れないと思います」

 自身のキャリアを苦笑しながら振り返った指揮官は、J2の水戸ホーリーホックで正式に監督業をスタートさせた18シーズン以来、常に選手ファーストを実践してきた。迎えた昨年の夏。長谷部監督のスタンスを象徴するエピソードが、人知れない場所で生まれている。