──それらの慣習の何が問題なのでしょうか。

たとえばスタートアップ以外の企業、特に大企業から人を呼びにくくなるということが起こります。

仮に年収1000万円の人が、300万円低い年収700万円でスタートアップへ行こうとした場合、会社が時価総額200億円でIPOしたときに2000万円分のキャピタルゲインになるようにSOを発行したとします。3年働いてIPOできなければトータルで900万円の年収減ですが、IPOできればSOのキャピタルゲイン2000万円から年収減少分の900万円を差し引いても+1100万円になるので、少し得をするだろうと考えたとします。

ただ、その株式報酬でもらえる2000万円は退職したら失効します。しかも権利確定もIPO後、3年、4年かけて段階的に行われるとなると、誰でも少しちゅうちょするでしょう。これでは、せっかくのリスクヘッジ、リターンを得るための株式報酬が、報酬として機能しづらくなってしまいます。

これが退職しても失効せず、IPOまで待たなくても4年間在籍すれば全ての権利が確定し、さらに時価総額200億円での上場なら2000万円だけど、もし時価総額1000億円のユニコーンになれば1億円になるかもしれない、といった夢まで見せてあげられれば、初めて「リスクを取ってスタートアップに行ってもいい」という気になると思うのです。それがないので今、「株式報酬」という名でありながら、SOは報酬の役割を果たしていません。宝くじのように「当たればラッキー」みたいな感じに捉えられていて、そもそも外から人を呼んでくる武器にはなりづらいというのが現状です。

実際にSmartHRでも初期の頃、まだCOOがいないタイミングで候補者の方と会って、互いに興味を持っている状況だったのですが、その方の年収がものすごく高くて数千万円というレベルでした。採用するにはSOが必要だったのですが、当時の私には全然知識がなくて、「退職したら失効」「ベスティングはIPO起算」という他のスタートアップと同じ条件だったんです。株主であるCoral Capital創業パートナーCEOのジェームズ・ライニー氏には、「その条件では絶対に採用できないよ」と当時言われました。結局、それだけが理由ではないと思いますが、その候補者の方には入社してもらえませんでした。

このように実際、会社側がフェアな条件を提示できていないがゆえに採用できていない、スタートアップ業界外の優秀な人はたくさんいると感じています。