いずれもこの土地がもともと持っていた地形や自然の恵みを生かし、付加価値を高めるリバイバル戦略だ。しかも、熱海は東京都心から新幹線で40分程度のアクセスという優位性がある。
「1泊2食付きの価格競争を脱し、国内外の富裕層が訪れ、長期滞在する高級リゾートへ。ここの土地の価値は数年で数十倍に上がる。それくらいのポテンシャルがあります」
ホテルを手放し、再び宿泊事業へ。しかし、その中身は大きく異なる。中野氏はこれからの観光業が発揮すべき価値は「STAY」、つまり「そこに滞在する体験」の魅力であると語った。
「単に泊まって遊んで食べるだけじゃない。いかに、時間を楽しめるかどうか。ただそこに滞在するだけで心が満たされるような体験です。ACAOの経営再建を頼まれ、初めてこの土地に降り立ったとき、大きな可能性を感じました。私有地ゆえに維持されてきた手付かずの自然が、そこかしこに広がっていたからです。光と風、海という自然を前に、まったりと過ごせるシンプルな贅沢。この価値を磨くことに集中すると決めました」
何をどう活かせば輝くのか、答えはその場所が持っているのだと中野氏は言う。寺田倉庫CEO時代に天王洲エリアの再開発を決めたときも同じだった。「よく目を凝らし、耳をそば立てれば、やるべきことははっきりと見えてくるものです」。
2023年初めに米ニューヨーク・タイムズ誌が選んだ「今年行くべき世界の旅行先」の2位に、岩手県盛岡市がランクインしたことは記憶に新しい。
その選出理由が「混雑を避けて歩いて楽しめる美しい場所」であったことに象徴されるように、「美しい自然の中で、穏やかに過ごす時間」への需要が高まっているとも中野氏は見立てる。実際、すでに国内外から問い合わせが寄せられているという。
「安い」からの脱却、モニターリサーチから見えた勝ち筋
富裕層を集めた先のビジョンも明確だ。
ACAOに滞在する顧客に期待するのは、熱海に集まる若手アーティストを支援する“パトロン”の役割。地域を巡りながら気軽にアート作品を購入できる仕組みなどを促進し、文化芸術活動を支える循環型の街づくりを目指す。
その実現のステップとして、アーティスト200〜300人が創作活動をしながら安心して暮らせる環境「アーティスト・ヴィレッジ」を整える準備も、熱海市などと連携して進めている。また、2021年より市内各地をアート作品で彩るイベント「ATAMI ART GRANT」を企画開催し、これまで累計23万人を動員した。アートを通じて関係人口を増やすことが、街の風景を明るくし、経済を潤すと構想する。