社員の給料から何かの費用を
天引きするには労使協定の締結が必要

 E専務からA子の件の詳細を聞いたF社労士は、

「社員旅行費を給料から天引きされているとのことですが、労使協定は締結されていますか?」

 と尋ねた。

<労使協定とは>
 労働者と雇用主の間で取り交わされる約束事を、書面契約した協定をいう

「えーっ、社員の給料から社員旅行費を天引きするのに、わざわざ労使協定が必要なんですか? 知らなかった」

 F社労士はうなずいた。

<社員旅行積立金と労使協定>
(1)労働基準法24条に「賃金は通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない」とある。従って社員の給与はその定めにのっとって支払う義務がある。
(2)ただし、例外として法令に別段の定めがある場合(所得税、住民税、雇用保険料、社会保険料)もしくは労使協定(賃金控除の法定控除以外に関する協定)を締結している場合は給与から天引きをしてもよい。
(3)労使協定が必要な給与天引きには、社員旅行積立金のほか、組合費、寮費、飲食費(社員食堂の昼食代や給食費など)、財形預金、社内預金、団体で加入している生命保険料や損害保険料などが該当する。
(4)(3)の項目について給与天引きを行う目的は、社員の福利厚生に関わるもので、個別集金等の煩雑な作業や管理などを避けるためである。
(5)法令に別段の定めがある項目以外に、労使協定を締結しないで給与天引きをしていた場合にはその扱いは無効であり、労働基準法24条違反により、30万円以下の罰金刑に処される恐れがある。

「すると、労使協定がない当社の場合、A子さんへの旅行代金の返金はどうなりますか?」

「労使協定がなければ社員旅行費の給与天引き扱いは無効になります。従って旅行に参加しないA子さんの旅行積立金は全額本人に返金しなければなりません。ただし、旅行不参加によって実際にキャンセル料等が発生する場合は、実費の内訳をA子さんに提示した上で、支払いの有無について本人とよく話し合って決めてください」

 そして続けた。

「労使協定がない限り、A子さんは社員旅行費の給与天引きを拒否することができますし、それは他の社員も同様ですね」

 F社労士の説明で、A子の主張が正しいことを確認したE専務はため息をついた。

「A子さんは仕方ないにしても、他の社員の旅行費まで集金扱いにするのは管理が大変だし……。どうにかなりませんか?」
「今からでも将来に向かって、社員旅行費を給与から控除する旨の労使協定を締結すればいいんです」