人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【外科医が教える】大便の我慢が限界を迎えるとき、肛門では何が起きているのかPhoto: Adobe Stock

肛門では何が起きているのか

 大便が出そうになってトイレに駆け込んだ、という経験は誰もが持っているだろう。

 よりによってトイレが混んでいて、並んでいるうちにこっそり限界を迎えたことのある人も、少なからずいるかもしれない。

 果たして、大便の我慢が限界を迎えそうな時、肛門では何が起きているのだろうか。これは、人体の機能を科学的に理解することで、容易にイメージできる。

デフォルトは「閉じている」

 まず、肛門は普段、穴が閉じた状態である。もし「開いた状態」がデフォルトなら、便が降りてくるたび、そのまま流れ出てしまうことになる。

 つまり、意識せずとも肛門は閉じていて、必要時に開けられる仕組みになっている。

 肛門には、出口を閉じる筋肉、すなわち「括約筋」が、内側と外側に2種類ある。

 内側を「内肛門括約筋」、外側を「外肛門括約筋」という。これらの2つの筋肉には大きな違いがある。

 内側の筋肉は自分の意思で動かせない一方、外側の筋肉は自分の意思で、つまり大脳皮質からの司令によって動かすことができるのだ。

外側の筋肉で「我慢」する

 直腸に便が降りてくると、内肛門括約筋は意思とは関係なくゆるみ始める。つまり、肛門を開こうとする。これを「排便反射」といい、この反射に抵抗しなければ、便が体外に排出される。

 一方、外肛門括約筋を使って意識的に肛門を締めることで、便を「我慢」できる。

 つまり、反射的に緩もうとする内側の筋肉に対し、外側の筋肉で逆らう。これが「大便の我慢」という状態である。

「暴走」を制御せよ

 ちなみに、自分の意思で肛門を締める筋肉は、外肛門括約筋の他に「恥骨直腸筋」と呼ばれる筋肉もある。この筋肉の構造と機能も実に巧妙なのだが、詳細は割愛する。

 いずれにしても、自力でコントロールできない体内の「何か」が暴走するのを、意思の力で何とか制御する、というプロセスは、ある種のSF漫画や小説を想起させるほど興味深い。

 だが、人体の大事な機能は本来、オートマティックに動いてくれる方がよほどありがたいのだ。

 例えば心臓の拍動や呼吸を常に「意識的に」行わねばならないとしたら、苦行でしかない。 そう考えれば、肛門の開閉も、大部分を自動運転に任せられる方が合理的だ。

人類が作り上げた世界で…

 むしろ、「どこでも思うままに排便できない世界」を作ったのは私たち人類である。私たちは、トイレが見つかるまで肛門を締め続けなければならない苦行を自らに課しているのだ。

 ともかく、大便の限界が近い時でも、肛門で起きている力比べを想像すると、その健気さに気が紛れるかもしれない。

 人体は本当に精巧にできていて、その仕組みを学ぶことは途方もなく楽しい。人体の機能を科学的に理解できれば、きっと自分の体を大切にしたいと強く思えるはずだ。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学に関連した書き下ろしです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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公式サイト https://keiyouwhite.com