水素サプライチェーンの確立を
車両開発より先行する理由

 では、なぜJR西日本は車両開発に先行して水素サプライチェーンの確立を進めているのか。水素利活用に当たって最大の問題となるのが調達コストだ。1立方メートル当たり約100円とされる価格は、既存化石燃料の最大12倍に達するという。

 日本で使用する水素はオーストラリアやブルネイから船舶で輸入しており、どうしても輸送コストがかかってしまう。受け入れ側でも港湾や貯蔵タンクなど受け入れ拠点の整備コストを要するため、まとまった需要を確保しなければ事業として成立しない。そこで地域での水素利用を並行して推進しようというのが今回の計画だ。

 具体的には姫路の港湾施設で輸送船から受け入れ拠点のタンクに水素を移す。これ自体は液化天然ガス輸送技術の延長線上にあり、大きなハードルはないそうだ。ただ水素の輸送手段は液体水素の他、トルエンやアンモニアを水素キャリアとして使用する方法があり、どの方式がベストか検討を進めていくそうだ。

 受け入れ拠点の水素はトラックやパイプラインで臨海工業地域の工場や発電所に送り、化石燃料に代わる燃料として利用。また液体水素のままトラックで姫路貨物駅に設置する総合水素ステーションに輸送し、燃料電池車両への供給基地とするとともに、鉄道ネットワークを活用し他地域に貨物列車で輸送する壮大な構想だ。

 千田課長によれば、「海外からの大型の船舶が入れる港湾が少ない日本海側での活用を想定している」とのことで、300キロ前後の中距離輸送まで視野に入れているという。

 また、近距離では、線路敷にパイプラインを設置し、ここからNTTの通信ケーブル用管路に設置したガス管と同等のパイプで分岐させて、オフィスビルや商業施設など周辺需要家に供給する。つまり、鉄道がハブとなって水素の利用を後押ししようという計画なのだ。

 千田課長は「使う側と調達側を両方一緒に両輪で回していかないとうまくいかない。列車のためだけに水素を調達するのでは規模感が小さい。水素を安定的、経済的に調達しようと思うと、できるだけ需要を大きくして規模の経済を働かせる必要がある」と話す。全体像から具体化していく今回の発表は必然だった。

 とはいえ燃料電池車両がどのようなものになるのか気になるところ。現時点の課題を聞くと、水素のエネルギー密度はバッテリー以上、軽油以下であり、気動車と同等の航続距離を実現するのは困難とのこと。

 現時点で燃料電池車両の導入路線は明言されていないが、姫路エリアで非電化区間を持つ路線というと、姫新線と播但線が候補に入って来るのは間違いない。両路線の気動車の走行距離は短いため、すぐに問題にはならないだろうが、将来的な展開を考えるとハードルになる。

 だが、燃料電池車両は気動車をそのまま置き換えられる性能を追求するつもりはないようだ。千田課長によれば気動車の1日当たりの走行距離はおおむね250キロ、給油サイクルは500キロ程度で、それを前提に運行計画が作られているが、燃料電池車両に合わせたオペレーションに変えることで対応したいという。

 姫路に続き、岡山県の水島~津山地区や山口県の周南地区でも水素利活用の検討が始まった。地域ごとの特性を踏まえ、それぞれの地域で座組を変えて進めていく。水素社会が叫ばれて久しいが、技術、コストなど課題はまだまだ多い。社会全体の全面的な水素化は現実的でないが、地域レベルの実情に合わせた利活用は可能性があるはずだ。その中心で鉄道が貢献できるのか、今後の展開に期待したい。