日本人の「真面目さ」が
足枷になっている

徳成 本当に。「ここまでならリスクを取れますよ」というリスクキャパシティと、自分たちの取っているリスクとの差を、ちゃんと認識してほしい。それで若い人たちに思い切ってやらせるということも経営者には必要なんじゃないの?と、実はわりとおじさん層に向けて書いた本だったんですけど、今のところ若い人たちにも読んでいただけているようで。嬉しいことではあるんですけど、もうちょっとおじさんたちにも響くといいなと思っています。

 もともと欧州で生まれた資本主義は、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズム倫理と資本主義の精神』で分析したように、神から課せられた職業的使命を達成することや利益追求は善であるという考えがベースにある。その資本主義がアメリカに渡ってさらにゲーム感覚が付加された。成功に対する執着や、リスクをゲーム感覚で捉える強さ、みたいなところがあるんですよね。

 そういうアニマルスピリッツ的なものが、日本人のこの真面目な文化とどう融合すればグローバルに戦えるようになるのか。これは日本人としてもっとも考えなければならないことなんですけど、ここからは堀内さんに解説をお願いできればと思います。

堀内 私も徳成さんと同じで、海外で働いた経験がありまして。私はニューヨークなのですが、ビジネスの世界で同じ言葉を使っていても、そのニュアンスや受け取り方が、アメリカと日本ですごく違うなと感じました。

 今、徳成さんがおっしゃっていましたが、日本人というのは真面目過ぎるのですよね。それは日本人の美徳でもあるのですが、グローバルに戦いたいとなったときに足枷になってくる

 たとえば、何かルールを決められると日本人は皆、きちんと守ろうとします。ルールというのは守るために作られるのだから当たり前じゃないか、と言われたらその通りで反論のしようもないのですが、グローバルに見ると、言われたことを必ずしもきちんと守らない人というのはけっこう多くて。みんながきちんとしていないからルールを作る、というような側面があるのですよね。

徳成 日本人はほっといても守りますからね(笑)。

堀内 そうそう、まわりの顔色を見たり忖度したりして、何となくな規律が生まれやすい国民性だと思います。そういう国民性の人たちに「これがルールですよ」と提示するのと、特にアメリカのようなさまざまなバックグラウンドを持った人たちが集まったところで提示するのとでは、守り方が全然違ってくる。

 日本人は、ルールを守らないと大変なことになるというような深刻な受け止め方をしますが、片や「まあ、このぐらいでいいだろ」という感じですから、同じ強さで同じ内容のことを言っても、反応が全然違うのですよね。

 それで何が言いたいかと言えば、細かいルールを作って物事を進めようとすると、日本人だけががんじがらめになってアニマルスピリッツも何もなくなっていく。それで「あっちは全然ルールを守ってないじゃないか!」と怒ってみたり。

 そのような状況になってしまうので、そうしたニュアンスの違いをわかっている人がルール作りをしたり、ルール運用したりしないと、日本人だけがバカを見るというようなことになってしまいかねないです。

 もちろんルールを守るのは法治国家の原則中の原則ですから、聞く人によっては「何だそれは! ルールを破れということか?!」と誤解するかもしれないので、言い方が難しいのですが、これが私が感じている日本の課題です。

徳成 だからアニマルスピリッツを発揮するうえでも、ルールをどこまで受け止めるか、ということは考えないといけないですよね。著書にも書いたのですが、近年アメリカのSOX法(サーベイランス・オクシリー法。企業の不正行為への対策として制定された内部統制および監査に関する米国の法律)をベースに日本でもJ-SOX法(内部統制報告制度)が導入されたり、イギリスをまねて、コーポレートガバナンスコード(上場企業が行う企業統治においてガイドラインとして参照すべき原則・指針)やスチュワードシップコード(証券会社や銀行、保険会社や年金基金といった上場株式に投資する機関投資家に対して、「責任ある機関投資家」の諸原則をまとめた指針)が策定されたりしています。

 後者の2つの「コード」は理由を言えば守らなくても良いソフトローなんですけど、いかんせん日本人は生真面目なので、実質、ハードローとして受け止める。つまり、もともと悪いことをして儲けようと思っていない日本人に、悪いことをしても儲けようと思っている人たち向けのルールを持ってきているわけですから、出ていないクギをさらに打って引っ込める、みたいなことになってしまいがち……と僕は思うんですね。

日本が国際社会でルールメイク側に立てない原因は「真面目すぎる気質」にあった徳成旨亮(とくなり・むねあき)
株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。
慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。 三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。