人体の交通機能の破綻

 人体における交通機能の破綻とは、どういうことか。

 例えば、胃にがんができ、胃の出口を塞いでしまう現象がある。胃の出口は「幽門」と呼ばれ、胃の中程に比べ、いくぶん狭くなっている。食べたものが胃に逆流しないよう、一つの関所として働く部位だからだ。

 よりによって胃がんは出口に近い位置にできやすく、幽門付近までがんが広がることがしばしばある。すると、食べた物が通らなくなり、その手前で大渋滞が起こる。たとえ何も食べなくとも、唾液や胃液は分泌され続ける。胃や食道が大きく拡張し、激しい嘔吐が起こる。この状態を「幽門狭窄」という。まさに、迂回路の全くない一本道に交通事故が起きた状態だ。

 もちろん胃の封鎖が自然に解消されることはない。胃がんによって幽門狭窄が起こったときは、手術によってがんを切除するか、狭窄した(狭くなった)部位より手前の胃と下流の小腸をつなげる「バイパス手術」が行われる。これを交通事故にたとえれば、前者は「レッカー車を投入して事故車を除去すること」に相当し、後者は「突貫工事で他に迂回路(バイパス)をつくって交通を復旧させること」に相当する。

 一方、大腸にがんができ、これが便の通り道を塞いでしまうこともある。上流で大渋滞が起き、大腸と、その手前の小腸は大きく拡張し、お腹はパンパンに膨れ上がる。排便がなくなり、激しい腹痛と嘔吐が起きる。この状態を「腸閉塞」という。やはり、たった一本しかない道に交通事故が起きれば一大事なのだ。

 大腸がんによる腸閉塞に対しては、さまざまな治療法がある。一つ目は、手術でがんを切除する、すなわち事故車両を強制的に除去する方法だ。二つ目は、事故現場の手前で新たに出口をつくる、つまり人工肛門をつくる方法だ。上流の大腸を、お腹の壁を貫いて外に出し、新たな便の出口をつくるのである。いずれも外科手術が必要となる方法だ。

 そして三つ目は、狭くなった通り道に、内視鏡(大腸カメラ)を使って細い網目状の形状記憶合金の筒を挿入し、内側から無理やり押し広げる方法だ。この網を「ステント」と呼ぶ。金属の網目ががんに食い込むようにして、通り道を広げるのである。交通事故にたとえるなら、事故車両を無理やり左右に押しのけ、プレス機で押しつぶすようなものだ。路肩にひしゃげた車両は残るが、ひとまず全車線が開通する。患者は再び食事ができるようになり、栄養状態を改善させることができる。

 ただし、車両と違ってがんは押しつぶされた後も成長を続けるため、やがて再び道を塞ぐことになる。したがって、体の状態が安定した時点でがんのある部位を切除し、ステントとともに体から摘出する(全身麻酔手術が受けられる体の状態であれば)。