直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
経営に役立つ歴史小説
ひと昔前まで日本では社会人男性の多くが歴史小説を熱心に読んでいました。これは、経営に応用できる知識が詰まっていたからに他なりません。
私たちの人生はせいぜい80~90年。会社経営の期間でいうと、20代前半で起業したとしても最大でも50年程度しかありません。
一方、歴史の偉人たちの記録は何百、何千年にわたって積み重ねられているので、膨大なサンプルデータを参照できます。
歴史に学ぶのは
究極の「タイパ」
最近のビジネスパーソンは、時短やタイムハックを意識する人が多いようですが、歴史に学ぶことこそ究極の時短術です。
本来数百年かけて経験から学ばなければならない知識を、たった2~3か月くらいで学ぶことができるのですから。
直木賞作家
書店経営に乗り出す
私は大阪の箕面市というところで「きのしたブックセンター」という書店を経営しています。
きっかけは企業のM&A(合併・買収)に携わる知人から「箕面に潰れそうな書店がある。引き継いでくれる人を探しているんだけど、やってみないか?」と声をかけられたことでした。
当然ながら、全国的に書店の売り上げが減少している事実も、書店がない自治体が増えている現状も知らなかったわけではありません。素人目にも書店経営は厳しそうでもあります。
ただ、書店は私の人生を変えてくれた大切な場所ですし、地域の人たちにとっては重要なインフラです。業界に恩返しをしたいという想いも手伝い、事業承継を決断しました。
沈滞ムードの
蘇生に挑む
書店経営を引き継いだ当時、正直にいうと店内の空気がどんよりしていると感じました。商品が少なくて見た目が寂しかったのもありますが、働く人たちの生気のなさが気になったのです。
それまでの店は、儲からないから給料も上げられないし人も雇えない、社員の負担が大きいから生産性も上がらない、仕入れもままならない、という負のループに陥っていました。
そこで、私はまず人を増やして1人あたりの負担を軽減し、半期ほど経過を見た上で給料を上げました。すると、社員の仕事にとり組む姿勢が、少しずつ変わってきたのです。
店長の気持ちが
胸に響く
クリスマスの時期、店長がどこからかクリスマスツリーを持ってきて、店内で飾りつけをしていました。
「これ、どうしたん?」。そう聞くと、店長は休日にプライベートでリサイクルショップに行き、たまたま見つけた中古のツリーを買ってきたといいます。
「じゃあ、ちゃんと経費精算してね」「いえ、いいですよ。自分が勝手に買ってきた安物ですから、ポケットマネーでいいです」
もちろん後で経費処理をしてもらったのですが、ポケットマネーで店を良くしたいという店長の気持ちが胸に響きました。
組織が前向き
になる原動力
そのころから、店がこれまでと違う方向に動き出したように思います。
本当に些細なことかもしれないですが、組織というのは小さな歯車が噛み合うことで明るく前向きになっていくものです。
クリスマスツリーだけでなく、七夕にも地域の子どもたちを集めて短冊を飾るなど、店に活気が戻ってきました。
運をつかむ経営者が
歴史小説に学ぶワケ
それを見ながら武田信玄の名言を思い出しました。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、あだは敵なり」
戦において重要なのは人であり、すべては人のやる気を引き出せるかどうかで決まります。戦国武将でいえば秀吉は人を褒めるのが上手でしたし、家康も有能な部下に恵まれました。
経営も同じであり、“人材活用”こそ歴史から得られる最大の学びだと再認識したのです。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。