「退職金は会社から出ないので、
自分で中退共に請求してください」

 10月上旬。AはBからワーキングホリデーの手続きをした会社を紹介してもらい、アドバイスを受けたり、平日の夜や週末は英会話の勉強をしたりして、渡航準備を進めた。両親は、費用を全額自費で賄うという条件でオーストラリア行きを認めてくれた。

 そして12月中旬。AはC専務に翌年1月末付の退職届を提出し、1週間後に後任者が決まったので問題なく受理された。

 1月上旬、AはC専務から退職に関する諸手続きについて説明を受けた。Aは渡航費用の不足分に1月分の給料(甲社の給料計算は月末締めで本来は翌月25日払い)と退職金を充てようとしていたので、支給日のことが気になり、C専務の説明の途中で

「あのう……1月分の給料の振込日は、いつもと同じ翌月25日ですか?」

 と尋ねた。

「退職する場合は、退職日までの給料を計算して、2~3日後には振り込みますよ」
「良かった。それと、確か自分は退職金がもらえますよね?」
「A君は3年以上勤務しているので大丈夫です」
「いくらもらえるんですか?」

 B専務は書庫から就業規則を取り出し、Aに退職金規定を見せながら言った。

<甲社退職金規定の一部概要>
第○○条 入社日より3年を経過した正社員には退職金を支給する。
第○○条 退職金の額は在籍年数により下記に従って算出するものとする。
     在籍年数
     3年~9年 12万円×在籍年数
     10年~14年 15万円×在籍年数
     以下、略
第○○条 在籍年数に端数が出た場合は切り捨てる。
第○○条 在籍年数には試用期間も含まれる。
第○○条 自己都合退職の場合は、算出した退職金額から30%を減額する。
第○○条 退職金の原資は会社が中退共に積み立てることで準備する。
第○○条 退職金の支払い日は、従業員が中退共に退職金の支払いを請求し振り込みがあった日とする。
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(以下、略)

「えーと……A君の入社日は2019年4月1日で退職日は2024年1月31日。在籍期間は4年10カ月。退職金は12万円×4年×0.7で33万6000円です」
「自己都合退職だと金額が減っちゃうんですね。まあ、決まりだし仕方ないか……。退職金は、会社を辞める日にもらえますか?」
「いいえ。会社では社員の退職金は中退共(中小企業退職金共済事業本部)に積み立てしています。退職時に退職金共済手帳を渡すので、会社を辞めてからその中にある請求書を使って、直接、中退共に請求してください。そうそう。忘れないように伝えておきますが、中退共から振り込まれた額が33万6000円より多い場合は、差額を会社に返金してもらいます」
「返金ですか?」
「そうです。A君には手間をかけますが、退職金の額は退職金規定で決まっているのでちゃんと返して下さいね」
「でも、自分は退職後すぐにオーストラリアへ行くんです。だから返金の手続きはできません」
「じゃあ、差額分を1月分の給料から差し引きましょう」