中退共の退職金が会社規定が定めるより高い場合、
社員に返金させることは可能か

 Aが専務室を出た後、C専務はふと思った。

「差額を給料から引くって言ったけど、中退共からAの口座への振込額が分からないと差し引き計算できない。それって会社で前もって知ることができるのか、午後にD社労士が書類を渡しに来るからその時に聞いてみよう」

 午後、C専務はD社労士に

「1月末で退職する社員に支払う退職金のことですが、ウチの会社は退職金の原資を中退共に積み立てしています。社員に支払われる退職金の額って、前もって分かりますか?」

 と尋ねた。

「本人の請求後振込予定日の2週間前に、中退共から請求人と会社の双方に郵送で退職金額と振込予定日を通知してくれます」
「じゃあ、前もって退職金額を知る方法はないんですか?」
「中退共のサイトで退職金概算額の試算ができます」

 C専務はD社労士から中退共のホームページを教えてもらい、早速机上のパソコンで試算を始めた。

「A君は2019年7月分の給料(8月25日支払い)から2020年3月分の給料までは月額5000円、2020年4月分から2024年1月分までは月額1万円を積み立て。合計は(5000円×9カ月+1万円×46カ月)中退共の退職金シミュレーションによると50万8050円か(※)。なるほど」

※注:2024年2月2日現在の試算額。Aは入社後3カ月間の試用期間中は中退共に加入していない。

「中退共から支払う退職金を計算して、差額を現金で準備するための試算ですか?」
「いいえ、その逆です。退職金規定で示した退職金の額より、中退共から支給される額の方が多いので、A君には差額を返してもらいたいんです。OKですよね?」

<中小企業退職金共済(中退共)とは>
○ 中退共(中小企業退職金共済制度)は中小企業(加入できる企業の条件あり)が従業員の退職金を準備するために設けられた国の制度で、厚生労働省管轄の「独立行政法人勤労者退職金共済機構 中小企業退職金共済事業本部」が運営している。
○ 企業は毎月中退共に掛金を支払って従業員の退職金を積み立てていき、従業員が退職となった場合、退職金は中退共から従業員に直接支払われる。(企業には支払われない)
○ 加入対象者(被共済者)は従業員で原則全員が加入する(ただし、短時間労働者、有期契約労働者、試用期間中の労働者などは加入義務がない)経営者、役員は加入できない
○ 月々の掛金額
 ・月々の掛金は5000円~3万円の範囲で16通りの選択肢があり、事業主はその中から、従業員ごとに金額を任意に選択する。
 ・週30時間未満の短時間労働者(パートタイマー等)の場合は2000円、3000円、4000円の中から選択することもできる。
 ・掛金の増額はいつでも可能。減額は従業員の同意を得るなどの条件をクリアすれば可能。
○ 掛金は全額事業主が負担するが(従業員に負担させることは不可)掛金に対して助成金の支給がある、掛金は損金扱いにできるなどのメリットがある。
<実際の退職金額より中退共の積立額が多い場合、差額を返してもらえるか>
○ 中退共から支払われる退職金額を受け取る権利は「従業員本人またはその遺族」に限られる。
○ 従って、中退共から支払われる退職金額が会社の退職金規定を超える額であっても、その超過分を会社が受け取ることはできないとされ、差額を返すよう従業員に請求したり、給与や賞与などから差し引いたりすることはできない。
○ 中退共を利用することにより、掛金に対して助成金が出たり、掛金が非課税になったりするなどの優遇措置があるため、従業員から振り込み額の差額返還を受けた場合、助成金搾取及び税法の違反等に該当する可能性があるので注意したい。(例えば、入社歴が浅く退職金の支給がない社員から返還を受けた場合、助成金額や税金分会社が得をしたことになる)。
参考:中退共ホームページ https://ChutAikyo.tAisyokukin.go.jp/fAq/qA-08/8-1-9.html

 D社労士の説明を聞き、C専務はガックリとうなだれた。

「返金を求めるのはダメなんですね。会社では7年前から中退共を始めて、なかなか便利な制度だと思ったんですが……。この5年間、正社員で退職するのはA君が初めてなので、デメリットまでは気が付きませんでした。他の注意点はありますか?」
「中退共は共済制度なので、積み立て開始後1年未満で退職すると退職金の支給はなく、1年以上2年未満の場合は掛金納付総額を下回ります。それと、懲戒解雇して退職金の給付を減額する場合、可能だとしても差額は会社に返金されません」

 そして続けた。

「甲社はすでに退職金規定があるので、中退共制度に適用するように規定の内容を見直すか、規定に合わせた掛金月額を設定するなどの調整をすればいいですよ。例えば掛金額を自己都合退職の支給額に合わせて設定し、会社都合で退職する際の退職金は別の方法で用意するなどが考えられます」

 D社労士のアドバイスを受けたC専務は、早速退職金規定の見直しについて規定の変更はせず、中退共の掛金を調整する方向で検討を始めた。またAには退職金差額の返還は求めないことにした。