創業時点からビジョン・ミッションを決めたわけ

佐宗 先ほど創業時のビジョン・ミッションを教えていただきましたが、こういった言葉はどうやって作ったのですか?

小沼 ひたすら議論して決めました。最初は共同創業者の松島と私で議論したのですが、その後ビジョン・ミッションを一度変えたときには、いま理事を務めていただいているブランド経営コンサルタントの岡本佳美さんに入っていただきました。3人で膝を突き合わせて相談して、そこにNPO法人ETIC.の宮城治男さんにも参加していただいたりして、とにかく議論して決めましたね。

佐宗 NPOが最初から「社会へのリターン」を考えるものだとしても、すべてのNPOが最初から明確な言葉でビジョン・ミッションを持っているわけではないですよね。クロスフィールズでも留職という事業自体が新しいものなので、まずはその事業を成り立たせてから組織としてのビジョン・ミッションを言葉にしていくという選択もあったのではないでしょうか?

小沼 そうですね。でも私たちは最初の半年は事業を作り上げながら、2割ぐらいの時間をビジョン・ミッションの精緻化に費やしました。なぜなら、岡本さんとETIC.の宮城さんに「君たちの事業は危うい」と言われ続けていたからです。

佐宗 「危うい」とはどういうことでしょうか?

小沼 うまくいかないという意味ではありません。むしろ逆で、「クロスフィールズの事業は、企業のニーズを捉えているからそれなりに稼げてしまうだろう。ともすると、ふつうのコンサルティング会社や人材育成会社と変わらない、ソリューションプロバイダーになってしまう。それは君たちがやることではないだろう」と言われ続けていました。だからこそ、企業に打診を始める前に、まず自分たちのビジョン・ミッションを確立しないとまずいという思いがあったんです。

佐宗 おもしろい! ふつうの企業であれば、顧客のニーズに合って事業が進んでいくことがベストなわけですが、NPOの場合は必ずしもそれがいいことではないということですね。

小沼 そうなんです。顧客に迎合することと、顧客のニーズを聞くことはまったく違います。だから最初はビジョン・ミッションを精緻化することで「自分たちが守るべきもの」をはっきりさせながら、顧客の声を聞いていくようにしました。ビジョンを磨きながらプロダクトを磨いていたと言えると思います。

これは私の考えですが、NPOは社会に対するミッションが第一優先にするべきで、組織を長期的に持続させるファイナンシャルスキームはそのあとに来るべきだと思っています。その逆転が起きてしまったら元も子もないんですよね。

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。