友達やクラスメイトと自分を比較して、足りない面ばかりが見えてしまう。そんな思春期の悩みを解消するためには、哲学者たちの思索がヒントになるかもしれない。本稿は小川仁志、『ロッチと子羊』NHK制作班『『ロッチと子羊』で学ぶ中高生のための哲学入門:君のお悩み、哲学プラクティスで解決します。』(ミネルヴァ書房)の一部を抜粋・編集したものです。
やりたいことも特になく
自分の夢を見つけられない
中高生の悩み
友だちやクラスメイトは将来の夢があるようですが、自分には特にやりたいことがありません。自分の夢を見つけるには、どうしたらいいですか。
そんなお悩みにピッタリの哲学者は西田幾多郎(1870-1945)です。西田は京都学派を創設したと言われ、主著『善の研究』にて、「疑うにも疑いようのない直接の知識」とは何かを追求しました。
西田は、人が本来持つ素質、そしてそれを発揮するためには物事にどう向き合えばいいのかということについて論じています。要約するとこんな感じです。「自分探しをする必要はありません。自分が本当にやりたいことは純粋経験を大切にすればおのずと見えてきます」。
純粋経験は、西田哲学の根幹をなす概念です。わかりやすくいうと、赤ちゃんみたいに、先入観の無い状態で物事を捉えることだと言っていいでしょう。
ここで一つ、思考実験をしましょう。今私があなたに気持ち悪いオブジェをプレゼントしたとします。どうですか?普通は「気持ち悪い」「いらない」と思いますよね。でも、実はこのオブジェ、今注目の現代アートで、30万円もする美術品なのです。だから、インスタグラムにアップしたら、絶対注目されます。あれ?30万円と聞いた途端、すごく良いものに見えてきました?え、欲しくなってきた?正直ですね、コロッと態度が変わりました。
では、私も正直になりましょう。実はいま30万円とお伝えしましたが、嘘です。このオブジェは、原価300円のなんちゃってアートです。
いや、怒らないでください!これは純粋経験を理解してもらうための思考実験なのです。
最初は「気持ち悪い」「いらない」と思ったオブジェのプレゼントでしたが、30万円と聞いたら急に欲しくなってしまった。なぜ、こうした態度の変化が起こったのでしょうか?
本当の自分はどう思っているのかよりも、他の人の意見に惑わされてしまったわけです。だから、急に欲しくなってしまったんですね。
さて、いったいどっちが本当の自分の感覚なのか?答えは、何も知らずに物事に出会った瞬間の体験、つまり純粋経験から感じたほうです。なぜなら、「いいものなんじゃないか」と感じたのは、他人の影響ですから。
こんなふうに考えてみると、「気持ち悪い」「いらない」と思った自分のセンス、つまり自分ならではの良さを、先入観によって失ってしまうのは、よくないですよね。