たびたびニュースを騒がせている「インフレ」。実は日本では実に40~50年ぶりであることをご存じだろうか(日本のバブル期には資産価格は上がったが、物価はほぼ上がらなかった)。インフレを経験として知っている人は少ない。そんななか、これから物価が上昇していく時代に突入しようとしている。
本連載では、ローレンス・サマーズ元米国財務長官が絶賛したインフレ解説書『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』から、「そもそもインフレとは何か?」「インフレ下では何が起こるのか?」「インフレ下ではどの資産が上がる/下がるのか?」といった身近で根本的な問いに答えている部分を厳選して紹介する。
インフレ期とデフレ期のアメリカで
どの資産が値上がり/値下がりしたか
賃金・物価スパイラル〔物価上昇→賃金上昇→物価上昇→……というサイクルが延々と繰り返される悪循環〕のなかで置いてけぼりを食うのは癪に障る。同じように、物価の持続的な上昇や下落(つまり、貨幣価値の下落や上昇)によって富が破壊されるのを黙って見ているのも、ちっともおもしろくない。
物価上昇と物価下落の違いを浮き彫りにするため、20世紀アメリカにおける2つの対照的な時期を例に取り、銀行預金から、長期国債、株式市場、不動産まで、さまざまな資産の実質(つまりインフレ調整後の)利益率を比較してみることにしよう。
1930年代は、大恐慌と、全般的なデフレ傾向を併せ持ったその後の緩やかな不況期、その両方に見舞われた激動の10年間だった。
30年代全体で見ると、物価は12%ちょっと下落した。同期間、実績が最悪だったのは不動産で、実質利益率は9.2%にとどまった。これは実質利益率20.5%の現金預金よりもはるかに悪い。
価格の乱高下という余分なリスクがついて回ったにもかかわらず、株式はそれをわずかに上回る24.2%の利益率を実現した。しかし、それよりも格段に見返りが大きかったのは、政府への長期的な貸し付けであり、実質利益率は合計69.8%に及んだ[*1]。
これらの数値を、物価が117%上昇した1970年代と比べてみよう。原油価格の高騰で、アメリカ経済全体がそれまでより貧しくなったこともあり、70年代は総崩れ状態だった。
それでも、さまざまな種類の資産の相対的な実績は大幅に変化した。1970年代、実質ベースで実績が最悪だったのは現金預金(マイナス11.2%)と国債(マイナス35.1%)だった。
かろうじてプラスの実質利益を搾り出すことができたのが株式(プラス4.2%)と不動産(プラス5.5%)だったが、全体として見ると、貯蓄家であれ蓄財家であれ実質ベースで大きな痛手をこうむった10年間だった。