その舞台は、社長に就任してすぐに整備した「社員食堂」(社員食堂については、「伸びる会社」と「衰退する会社」を見分ける、「職場」の決定的な違いとは? 記事参照)。オープンした直後に、全社員に対して、こんなアナウンスをしたのです。
「社員食堂の料金は、変動制とします。あらかじめ観客動員数の目標を立て、達成できたら無料。達成できなかったら300円と定めます」

 つまり、こういうルールです。
 まず、年間の観客動員数の目標を定めたうえで、試合を行う曜日や開始時間、対戦相手の人気度などを勘案しつつ、一ゲームごとの動員目標数を設定。そして、累計動員数が目標値を上回っている間は「無料」で、下回っている間は「300円」をいただくというわけです。

 正直、「300円」という料金も破格の安さであり、目標を達成できなかったからといって、社員の懐が大きく痛むことはありません。それでも、「お金がかかるか、無料か」の差は大きい。わずかばかりとは言え、実際に「支払うという行為」があるからこそ、社員たちに観客動員数を「自分ごと」にしてもらえると考えたのです。

社員が自らの意思で「変わり」始める

 この狙いは見事に当たりました。
 やがて食堂では、経理担当、営業担当、広告担当など、あらゆる部署の社員たちが集まって、「昨日で目標数字を超えたから、今日から無料だよね」なんて会話で盛り上がるようになりました。

 あるいは、試合が始まって「観客動員数」が伸びなかったら、「あと100人は入ってくれないと、明日からランチが有料になってしまう。なんとか、お客さまに来てもらえないかなぁ……」とあわてて策を練る社員も出始めました。

 このように、「観客動員数によって、食事代が変動する」という仕掛けによって、ほとんどの社員が自らの意思で、「観客動員数」を意識するようになってくれたわけです。

こうすれば、会社の「空気」が変わる

 それだけではありません。
 社員食堂の予算は「無料」で組んでありますから、みんなが支払った「300円」は会社に戻すのではなく、「観客動員数」を増やすためのイベントなどの経費としてプールしていました。そうなると、その経費の「出し手」は会社だけではなく、一人ひとりの社員も「出し手」ということになります。

 その結果、イベント担当だけが考えるのではなく、経理担当や広告担当なども、「こんなイベントはどう?」などとアイデアを出すようになる。そして、口を出せば、手も出したくなる。こうして、いろんな部署の社員が一緒に知恵を絞り、イベントのときには自ら手伝ったりするという現象が、起きるようになっていきました。

 まさに、会社の「空気」が変わっていったのです。そして、僕が掲げた「観客動員数を増やすことによって、黒字化を達成する」という「旗」に向かって、社員たちが少しずつ動き出してくれるようになってきました。

 ただし、一点、注意が必要なのは、こうした「ゲーム」はいずれ飽きられてしまうということです。社員たちの反応を観察しながら、新しい「ゲーム」を提案し続ける必要があるわけです。

「強制」するより、
楽しい「悪知恵」を絞る

「すごくないですか?」
 そう自慢したくなるくらい、この「ゲーム」はうまく機能しました。
 僕は、子どもの頃から、こういうちょっとした「悪戯」が好きというか、「悪知恵」が働くというか、そういうところがありましたが、これが、経営にもおおいに活かせることを実感した瞬間でした。

 そして、これも「リーダーシップ」のひとつだと思うんです。
「社員も『経営者目線』で考えろ」と言ってみたり、「当事者意識が足らん」と叱ってみせても、実のところは、社員たちに甘えようとしてるだけで、何一つものごとは前に進みません。それよりも、ちょっと「悪知恵」を働かせたほうがいい。

剛腕を振るうだけがリーダーシップではない

 もちろん、全社員に「同じ目線」をもってもらい、「同じ目標」に向かってもらうのは簡単なことではありません。
 だけど、社員たちに楽しんでもらえる「ゲーム」を考えることで、「当事者意識」をもってもらうことはできるはずです。ちょっとした「悪知恵」や「ユーモア」を働かせることで、何も強制することなく、社員たちが自発的に「意識」と「行動」を変えるきっかけを与えることは可能なのです。

 剛腕を振るって、無理やり人を動かすことだけが、「リーダーシップ」ではありません。
 社員たちに「ゲーム」を楽しんでもらうことで、組織を少しずつ動かしていくという形の「リーダーシップ」もあっていいのではないでしょうか。むしろ、こんな手法も含めて、「リーダーシップ」の「引き出し」をたくさんもっておくことが、リーダーには求められていると思うのです。

(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。