ブレーキが設計通りに機能せず
大事故に至ったケースも

 前述のように鉄道の安全は、カーブやポイントの制限速度のみならず、赤信号や終着駅での確実な停車など、速度の制御がカギを握っている。そして摩擦の少ないレールと鉄輪で走行する鉄道は、舗装路上をゴムタイヤで走行する自動車に比べ、ブレーキ制御が格段に繊細だ。

 例えば自動車の場合、時速100キロ走行時の制動距離は100メートル程度が目安とされるが、新幹線がトップスピードの時速300キロから完全停止するためには4000メートルを要する。

 目視の安全確認では到底、間に合わないため、ATCなどの保安装置がブレーキ操作をバックアップしているのだが、ブレーキそのものが適切に機能しないと最後のとりでは簡単に突破されてしまうのだ。

 もちろんブレーキ故障の対策は何重にもされていて、ブレーキそのものが故障した場合、別系統の非常用ブレーキが自動的に作動するし、最大の制動力で列車を停止させる緊急ブレーキなども設置されている。しかし、より深刻なのは、ブレーキ自体は正常ながら、設計通りに機能せず滑走し、止まり切れない事態である。

 制動力を確保できない要因としては雨や雪、あるいは騒音を防ぐために塗布される油などの影響でレールの摩擦係数が著しく低下したり、ブレーキに雪や氷が挟まって正常に動作しなかったりといったケースがある。

 雪によるものとしては、1986年3月に西武新宿線の田無駅で停車中の上り準急列車に急行列車が追突し、200人以上が負傷した事故や、2014年2月に東急東横線元住吉駅で停車中の下り各駅停車に後続の各駅停車が追突し72人が負傷した事故がある。いずれもATSやATCが整備されていたが、信号通りにブレーキが利かず衝突に至った。

 またATCを完備して開業した東海道新幹線でも、開業翌年の1965年に名古屋駅で「ひかり」号が380メートル過走。1967年には岐阜羽島駅で「こだま」が1キロ以上の大滑走を起こしてしまい、安全の根底が揺らいだ。

 1973年2月には、東海道新幹線の車両基地から新大阪駅に向かう回送列車が、レールに塗布された油が通常より多かったためブレーキが利かず、赤信号を突破して本線に進入するというあわや大惨事の事故が発生。1998年にも油の影響で「こだま」が2度、名古屋駅で過走した。

 さまざまな荷重、気象環境で走行する列車は、どのような条件でも同じ制動力を発揮できるブレーキを備えているというのが建前だが、実際にトラブルに至った事例を見ると、線路条件の悪化に加え、ブレーキ制御に「盲点」があり、設計通りの制動力が確保できないといった複合的な要因であることが多い。