「週刊誌が権力化」は本当か?
デビィ夫人の刑事告訴が持つ意味

 このところ週刊誌報道に対して、「週刊誌の影響力が強大すぎて、権力と化している」という議論がなされています。元週刊誌編集長として、これは看過できない状況なので一言、お話ししておきたいと思います。

 たとえば2月27日、デヴィ夫人(デヴィ・スカルノ氏)は、昨年自身が関わる慈善団体とのトラブルを報じた『週刊文春』や証言者らを、名誉毀損および信用毀損の罪で刑事告訴しました。これは彼女がHPで発表したもので、しかもこの件についての取材はお断りとのこと。

「デヴィ夫人の“刑事告訴”報道は謎だらけ」元文春編集長がメディアを喝破『週刊文春』を刑事告訴したデヴィ夫人 Photo:JIJI

 彼女は記事の事実無根と、取材への回答期限が1日しかなかったことを問題にしています。そして、「最近は、一部の週刊誌が強い権力を持ち、一般の方が週刊誌に情報を提供し、週刊誌が他方当事者である著名人の言い分を公平に載せることなく著名人を貶め、社会から抹殺している事象が、多数見受けられます。そのような報道姿勢は、表現の自由、報道の自由に名を借りた言葉の暴力と申し上げざるを得ません」とコメントしています。

 正直、これがテレビや新聞記事に出たときは、うんざりしました。それらが、デヴィ夫人のHPを丸写ししただけの報道のように読めたからです。

 週刊誌経験者は、まず、彼女が刑事訴訟しか起こしていないことに注目します。実は、刑事訴訟は誰でも起こせるし、民事と違っておカネもいらない(民事訴訟は損害賠償額に応じて印紙代がかかります)。だから、政治家が疑惑を報じられたとき、「刑事だけで告訴した」と発表し、大変な虚偽報道で被害を受けたように自己弁護する手段として多用されてきた過去があるからです。

 しかし、今回の報道は謎だらけでした。まず刑事訴訟をどの捜査機関に提起したかということが報じられていません。本人も発表していません。また、普通メディアの報道なら、どこの捜査機関が「受理」したかどうかがポイントになるはずですが、それもありません。

 もちろん、誰でも刑事訴訟をしたら、言葉通りの「受理」はされます。しかし、本当の意味の「受理」は捜査を開始する、あるいはその意図をもって書類を審査するということで、「受理」という言葉がないということは、単に書類を提出したと言っているに過ぎないように思います。前述のように、名誉棄損で刑事でしか訴えないのは、たいてい勝てる見込みがない場合です。勝てる裁判で、しかも相手に刑罰まで与えたいという意識なら、民事裁判も同時に提起して金銭的賠償も受け取るというのが自然な感情でしょう。

 実際、私の長い週刊誌経験で、刑事事件で逮捕、起訴された人間は少なくとも文春には1人もいません。他社を見回しても1社くらいでしょうか。それほど確率の低い裁判なのです。