「自力整体」とは、整体プロの技法を自分におこなう人気メソッドです。「家族の認知症の症状が和らいだ」「熟睡できた」「慢性痛から解放された」「脊柱管狭窄症の痛みが和らいだ」など、多くの声が寄せられています。今回、3分以内で痛みや不調を解決するワークを集めた『すぐできる自力整体』が発売。著者の矢上真理恵さんは、「不調のほとんどは自力整体で解消できる」と語ります。
現在、自力整体は1万2000名が実践。その1/4(約3000名)は70歳以上。痛みや不調改善のほか、認知症の予防・改善のために実践される方も多いそうです。
そこで今回は、自力整体の考案者であり、50年近く、鍼灸師・整体治療家・ヨガ講師の経験をもとに予防医学を研究する矢上裕さん(矢上真理恵さんのお父様)に、「認知症の予防・改善」について、お話をうかがいました。
監修:矢上 裕 矢上予防医学研究所所長、自力整体考案者、鍼灸師・整体治療家
(写真/榊智朗 構成/依田則子)
生活を起動修正し、認知症を克服した女性のケース
――自力整体の教室は、認知症の不安を解消するために訪れる生徒さんも多いそうですね。
矢上裕(以下「矢上」):そうですね。自力整体は血流を改善して血管を丈夫にしたり、足腰の健康維持に役立ちますので、自然と認知症になりにくい体になるのだと思います。
ご自宅でも自力整体を実施していただいたり、認知症になりやすい生活パターンを修正していただいたりもします。
――認知症になりやすい生活パターンとは何でしょうか?
矢上:歩かない、動かない、人と関わらない、姿勢が悪く呼吸が浅い、運動不足で手首足首が硬くなるような生活です。
――生活を起動修正して、認知症を予防・改善された方の事例を教えてください。
矢上:73歳の女性の印象的な事例を紹介しましょう。私は認知症専門医ではありませんし、認知症の原因は多岐にわたりますので、これは私の経験と整体の視点でお話しします。
同居のお義母さんが認知症を発症
矢上:ある生徒さんから「先生、ぜひ我が家を自力整体の教室として使ってください」という依頼をうけたことがありました。そのお宅は、数人がレッスンできる広い畳の間がありましたので、ご近所さんを集め、週3回レッスンをおこなったのです。
その生徒さんがご自宅を提供してくださったのには理由がありました。同居のお義母さん(当時73歳)が、認知症を発症されていたのです。
「自力整体で、少しでもおばあちゃんの認知機能を回復させてあげたい」
お嫁さんには、お義母さんをレッスンに参加させたいという願いがありました。
メイクもおしゃれもしなくなって
お義母さんは数年前から物忘れがひどくなり、やがて呂律(ろれつ)がまわらなくなり、歩いてもよく転ぶようになりました。排泄の失敗も続き、ふさぎこんで部屋にこもるように。すると少しずつ症状が進んでいかれたそうです。一日中テレビはつけっぱなし。しかし見ることも、聞くこともなく、こたつでぼんやりと座っている時間が増えていきました。
「おばあちゃんは、このあたりでは有名な美人さんだったんです。でも、メイクもおしゃれもしなくなってしまって……。家族以外、だれとも会おうとしません。呼びかけてもぼんやりする時間が増え、この先どうなってしまうのか心配です」
まずは、その女性の生活リズムを変えるため、私は細かい計画を立てました。
「脳が枯れない7ヵ条」をアドバイス
矢上:次の「脳が枯れない7ヵ条」をできる範囲で実践していただきました。認知症の予防にも役立つと思います。
1 歩く、動く。ぼんやりしている時間を作らない
2 テレビのつけっぱなしはやめて、「考える練習」をする
3 手先・指先を使う
4 一日一回以上、深呼吸をする
5 運動は「手首の柔軟性」「足腰の強化」「姿勢ののびる運動」を意識する
6 家族以外の他人と話したりする場を作る。人の中に出て、いろいろな刺激を得る
7 (家族が認知症の場合は)何か一つでも家事や家の役割をまかせ、自信を持たせる
とくに、7ヵ条のうち5の「手首の柔軟性」は、整体の視点から非常に重要です。じつは認知症の方はそうでない方と比べて、手首が硬くて曲がらない方が多く見られるからです。
東洋医学では、手首の柔軟性と脳は密接な関係があると考えます。したがって、手首の柔軟性を促す整体は、認知症の予防や進行をゆるやかにするのにも有効と思われます(★手首ほぐしのワークは後半で紹介)。
どんどん頭も体も柔軟に
ご家族の協力のもと、できる範囲で7ヵ条を実践していただきました。
まず、家族の方に付き添ってもらい、毎日30分歩きました。
そして、つけっぱなしのテレビは消して、新聞のテレビ欄に見たい番組を選んでもらい、赤ペンで囲み、その番組の時間だけテレビをつけるようにしました。これは「考える練習」にもなります。
次は、自力整体のレッスン中、私のそばに座って見学していただきました。最初はぼんやりしていましたが、数日後、私の動きをマネされるようになったのです。はじめは体が曲がらず、私の言うことも理解できない状態でしたが、ほかの参加者にも励まされ、徐々に手首を曲げるなどの動きができるようになり、手首の柔軟性を取り戻されたのです。体が硬くてできなかった深呼吸もできるように。
「おばあちゃん! すごい、できるようになったね!」
ほかの生徒さんから歓声があがると、少しずつでも整体を覚えようという意欲がわいてきたように見えました。家族以外の人たちと心を通わせることで、表情もどんどん明るくなっていったのです。
私は、さらにいくつかの提案をしました。たとえば「家事の一つを、責任を持って担当する」、あるいは「何か手先を使うことを習う」などです。その女性は庭掃除を担当し、ペン習字の通信教育をはじめました。
半年後、目に光が戻って
部屋にこもり、孤独だった環境とはまったく変わりました。そうこうするうちに、その女性の認知症の症状は、半年でほとんど気にならない程度になりました。明らかに目の光も変わってきたのです。
徐々に顔色が良くなり、近所の人たちとの言葉のやり取りもできるようになっていきました。ペン習字や自力整体の成果も、ご近所さんに報告するようなりました。歩行もしっかりして、トイレの不安も少なくなったのです。やがて昔のように薄く口紅を塗って、授業に来る生徒さんを待つようになりました。元のおしゃれで元気な女性に戻ったのです。
この女性の場合、お嫁さんの気づかいでご自宅を教室にしたというメリットもありましたし、認知症の原因は様々ですが、脳のトレーニングに役立つ一つの成功例でした。
みなさんのライフスタイルに合わせて、ぜひ参考にされてみてください。
最後に、手首を刺激して血行促進、脳の活性化にも役立つ「手首ほぐし」のワークを紹介しましょう。
矢上予防医学研究所ディレクター
1984年、兵庫県生まれ。高校卒業後単身渡米、芸術大学プラット・インスティテュートで衣装デザインを学び、ニューヨークにて独立。成功を夢見みて、徹夜は当たり前、寝るのはソファの上といった多忙な生活を続けた結果、心身のバランスをくずし動けなくなる。そのとき、父・矢上裕が考案し約15,000名が実践している「自力整体」を本格的に学び、心身の健康を取り戻し、その魅力を再発見。その後、自力整体ナビゲーターとして、カナダ、ヨーロッパ各地、イスラエルにて、クラスとワークショップを開催。さらに英国の名門セントラル・セント・マーチンズ大学院で「身体」をより体系的に学び、2019年に帰国。現在、国内外の人たちに自力整体を伝えながら、女性のための予防医学をライフワークにしている。著書に、『すごい自力整体』(ダイヤモンド社)がある。
監修者:矢上 裕(やがみ・ゆう)写真右
矢上予防医学研究所所長、自力整体考案者、鍼灸師・整体治療家
1953年、鹿児島県生まれ。関西学院大学在学中の2年生のとき、予防医学の重要性に目覚め、東洋医学を学ぶため大学を中退。鍼灸師・整体治療家として活躍するかたわら、効果の高い施術を自分でできるように研究・改良を重ね「自力整体」を完成。兵庫県西宮市で教室を開講、書籍の出版やメディア出演などで注目され、全国から不調を抱える人々が続々と訪れるようになる。現在約500名の指導者のもと、約15,000名が学んでいる。著書に『自力整体の真髄』『はじめての自力整体』(ともに新星出版社)など多数。遠隔地の人のために、オンライン授業と通信教育もおこなう。 写真/榊智朗