多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「自分の感情」に鈍感な上司が“無能”である理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

なぜ、組織人は「自分の感情」に鈍感になるのか?

「自分の感情」に鈍感な人は「他者の感情」にも鈍感です。
 研修講師の私がつくづく感じるのは、管理職たちが自分と部下の感情に極めて鈍感であることです。組織の中で働く私たちは、「自分の感情」を押し殺しながら仕事をしています。上司たるもの部下に怒ってはいけない。会社や経営に期待してはいけない。部下は上司に反対意見を言ってはいけない……。このように、会社に合わせるために、「自分の感情」を麻痺させ感じないようにしているように私には思えます。

 そして、それを繰り返すうちに、いつの間にか私たちは自分自身の「本当の気持ち=感情」に気づかなくなっているのではないでしょうか。その証拠に、管理職研修で私が受講者に「今どんな感情?」と質問をすると、決まって一定の割合が「感情って何ですか?」と答えるのです。

「我が社の管理職はみんな“いい人風味”です」

 また、私たちは「嘘の感情」を感じることにも慣れています。従業員数2万名以上のある大手企業で、人事担当者が自社での研修を振り返りこう語っていました。

「我が社の管理職はみんな“いい人風味”です。先日もマネジメント・スタイルを振り返る研修があったのですが、発表する人が次々と『以前は、部下に怒りを感じていましたが、最近はまったく感じなくなりました。私も丸くなったようです』と言ってました」

 その人事の方は、彼ら管理職のことを昔からよく知っているので、それが非常に「嘘くさく」聞こえたと言います。そして、「あんな風にいい上司を演じるくらいならば、むしろ『まだまだ怒りが抑えられません』と正直に白状すればいいのに」と話していました。

 このように、私たちは「社会の風潮」や「会社からの期待」に応えようと、無意識に「自分の感情」を偽り、「演技」を繰り返します。そうしているうちに、ますます「自分の本当の感情」がわからなくなっているのです。「自分の感情」すらわからない上司が、部下の「感情」を察知することなどできるはずがありません。そして、部下との質の高いコミュニケーションが成立せず、まともなマネジメントもできないという結果を招くのです。つまり、「自分の感情」に鈍感な上司は、残念ながらマネジャーとして“無能”ということになってしまうのです。

「自分の感情」を感じられるようになるレッスン

「自分の感情」を感じられるようになるためには、レッスンが必要です。
 私が自分と相手の感情がわかるようになれたきっかけは、「気づきのレッスン」にあります。「気づきのレッスン」とは、二人一組になり、「今ここ」で気づいていることを三つに切り分けながら伝えるゲシュタルト療法の練習方法です。

 一つは「外部領域」。自分の皮膚の外側で起きている現実を、五感を使って感じることです。例えば、「車のエンジン音が聞こえていることに気づいています」「白い壁が見えていることに気づいています」などといった具合です。

 二つ目は「内部領域」。皮膚の内側で起きている体の感覚と感情に気づきます。「胃がキューッと緊張していることに気づいています」「肩が重く疲れていることに気づいています」などがそれです。

 三つ目は「中間領域=思考」です。「家に帰ったら資料を作らなくては、と考えていることに気づいています」などがそれにあたりますが、ここでのポイントは、「思考」と「感情」の切り分けをしっかりとすること。つまり、「家に帰ったら資料を作らなくては、と考えていることに気づいている」(思考)ことと、「『家に帰ったら資料を作らなくてはならない』(思考)ことに、『ウンザリしている』(感情)ことに気づいている」ことの違いを認識する必要があるということです。

「思う」という言葉を使ってはならない

 そのために注意していただきたいのが、「思う」という曖昧言葉を使わないことです。というのは、「思う」という言葉は、「思考」と「感情」の両方を含んだ言葉であり、これが両者をごちゃ混ぜにする大きな要因だからです。

 このように、「考えている」(思考)のか、「感じている」(感情)のかを常に切り分ける癖をつけるようにしてください。そして、傾聴においては、常に「感情」にフォーカスしていくことが大切なのです。

「自分の感情」に気づけるようになれば、自然と「相手の感情」も感じ取れるようになります。その結果、「深い傾聴」ができるようになり、人間関係も改善していくのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。