経営に関わるポジションにいると、その他の社員との温度差を感じることがある。もっとしっかり会社のこと、経営のことを考えてほしいという願いから、社員に「経営者目線をもってほしい」と思う人もいるのではないだろうか。しかし、東北楽天ゴールデンイーグルス社長として「日本一」と「収益拡大」を達成し、現在は、宮城県塩釜市の廻鮮寿司「塩釜港」の社長にして、日本企業成長支援ファンド「PROSPER」の代表として活躍中の立花陽三氏は、初著書である『リーダーは偉くない。』の中で「社員に『経営者目線』を求めるのは“甘え”である」と語る。立花氏の真意はどういったものなのか。本記事では本書の内容をもとに、核心に迫る。(構成:神代裕子)

リーダーは偉くない。Photo: Adobe Stock

社員に“経営者目線”を求めてはいけない

「社員にも経営者目線をもってほしい」というセリフを聞くと、筆者はあるエピソードを思い出す。

 まさに、同じセリフを「他の経営者に愚痴ったことがある」と話してくれた社長がいたのだ。

 彼は、その経営者から「社員が経営者目線をもてたら、その人は独立して経営者になっているよ」と注意されたと教えてくれた。

「そう言われて、『確かに』と反省したんですよ」とおっしゃっていたが、それを聞いた私も目から鱗が落ちる気持ちだった。

 なぜなら、当時筆者は会社員でリーダーを務めていたが、部下や若手との意識の差に悩んでいたからだ。

「そうか、リーダーと同じ目線をもてる人がいたら、その人はすでにリーダーになっているな!」と納得したのである。

 とはいえ、業務を遂行していく上では、若手がみんな「言われたことだけしかしない」「問題意識をもたない」といった状態では、リーダーはなかなかつらいものがある。

 筆者は「どうすればいいのだろう……」と考え込んでしまった。その方法を教えてくれたのが本書である。

経営者目線をもつのは、経営者の役割

 立花氏は、楽天球団の社長になったときに、「観客動員数を増やすことによって、黒字化を達成する」という「旗」を掲げた。

 しかし、実際のところほとんどの社員は「現在の観客動員数や球団の売り上げ、利益など知らなかったし、ほとんど興味もなかった」と当時を振り返る。

 社長の立場からすると、「観客動員数増による黒字化達成」という明確な目標を掲げている以上、その程度の数値は社員なら押さえていてほしいと思うに違いない。しかし実際は、なかなかそうはいかないのだという。

 経営者によっては、「けしからん! 大事な数字くらい把握しておけ!」と怒り出す人もいそうだが、立花氏は「でも、これって当たり前のことですよね?」と指摘する。

例えば、経理担当者は、日々、請求書や領収証など膨大な書類を処理したり、正確に記帳するために細かい数字と格闘したりといった業務に集中しているわけで、自分の業務には直接関係のない「観客動員数」など二の次、三の次になるのは仕方のないことでしょう。(中略)
むしろ、経理担当者には、まずはしっかりとした「経理担当者目線」をもって仕事に励んでもらうことが大切であって、彼らに「経営者目線」を押しつけようとするのは、単に社長の「甘え」、あるいは「リーダーシップの欠如」に過ぎないと思うのです。(P.75-76)

 経営者目線をもつのはあくまでも経営者の役割、というわけだ。

「ゲーム化」で、社員の意識を同じ方向へ

 とはいえ、目標が「観客動員数増による黒字化」なのであれば、やはり社員には把握しておいてもらいたい。そのためには、一体どうすれば良いのか。

 立花氏が取り組んだのは、「ゲーム化」することで、掲げた旗に社員の目線が向かうよう工夫することだった。

 その方法は、社長に就任してすぐに整備した「社員食堂」を利用したものだった。

 社員食堂の料金を変動制とし、「あらかじめ立てた観客動員数の目標を達成できれば無料、できなかったら300円」と定めた。

正直、「300円」という料金も破格の安さであり、目標を達成できなかったからといって、社員の懐が大きく痛むことはありません。それでも、「お金がかかるか、無料か」の差は大きい。わずかばかりとは言え、実際に「支払うという行為」があるからこそ、社員たちに観客動員数を「自分ごと」にしてもらえると考えたのです。(P.77)

 この狙いは見事に当たり、あらゆる部署の社員たちが観客動員数を気にするようになり、数が伸びなかったら「なんとかお客様に来てもらえないか」と策を練る社員も出始めたという。なんともよくできた仕組みだ。

 さらには、みんなが支払った「300円」は会社に戻すのではなく、観客動員数を増やすイベントの経費としてプールした。そうすることで、一人ひとりの社員がイベント経費の出し手となるため、イベント担当以外の社員もアイデアを出すようになったのだそうだ。

 聞いているだけでも、ワクワクしてくる取り組みだ。実際、「かなりうまく機能した」と立花氏は語る。

「悪知恵」と「ユーモア」が社員の「意識」と「行動」を変える

 立花氏は、この話を通して、経営者目線や当事者意識を求めて叱るよりも、「ちょっと『悪知恵』を働かせた方がいい」と提案する。

もちろん、全社員に「同じ目線」をもってもらい、「同じ目標」に向かってもらうのは簡単なことではありません。
だけど、社員たちに楽しんでもらえる「ゲーム」を考えることで、「当事者意識」をもってもらうことはできるはずです。ちょっとした「悪知恵」や「ユーモア」を働かせることで、何も強制することなく、社員たちが自発的に「意識」と「行動」を変えるきっかけを与えることは可能なのです。(P.80)

 つい、リーダーシップというと、剛腕を振るって人を動かすことをイメージしてしまうが、立花氏は「社員たちに『ゲーム』を楽しんでもらうことで、組織を少しずつ動かしていくという形の『リーダーシップ』もあっていいのではないでしょうか」と語る。

 人は結局、「楽しい」「好ましい」というポジティブな感情でしかうまく動かない生き物だ。

 そう思うと、こういった「悪知恵」を生かして、楽しく社員の意識を誘導する方が、社員も自然と前向きに取り組めるに違いない。

 ぜひ本書を参考に、リーダーの皆さんは現状抱えている課題に生かすことができそうな「悪知恵」を働かせてみてほしい。思わぬ成果が出るかもしれないのだから。