コロナ収束後も続く
合理化と運賃値上げ

 今回の決算を想定以上と見るか、不十分と見るかは人次第だが、鉄道事業者が「存続の危機」を訴え、さまざまなサービス縮小・廃止を進めた結果、数千億円の利益を確保できるようになったことに複雑な思いを抱く利用者は少なくないだろう。

 こうしている間にも、各社は次なる一手を繰り出そうとしている。JR西日本は15日、京阪神エリアの大阪環状線内、電車特定区間、幹線に分かれている運賃体系を、範囲を拡大した上で電車特定区間に統合する運賃申請を国土交通省に行った。

 同社は「京阪神都市圏の運賃体系は、国鉄から継承したまま消費税改定を除いて見直されておらず、かねて都市圏域の拡大に伴う輸送サービスやご利用状況と運賃水準との不一致が課題」と説明しており、郊外の値下げと都市の値上げを相殺し、全体としては増収にならない想定だとしているが、今後どこに経営資源を集中していきたいか、シビアな本音も見えてくる。

 また13日には、JR九州が2024年内にも運賃の値上げ申請を行う意向と日本経済新聞が報じた。こちらは明確に増収を目指したものになるようで、日経は「利用客の減少や鉄道施設の老朽化が進むなか、設備投資や人件費、災害復旧費などの原資を確保する」と解説する。

 JR東日本もかねて硬直的な運賃認可制度の改正を訴えており、収益減や費用増に対する機動的な運賃改定、つまり早期に値上げできる制度を求めている。コロナ禍のトラウマが鉄道事業者を駆り立てているのだろうが、利用者の目にはどう映るだろうか。

 象徴的なのは、JR東日本が5月8日に発表した「みどりの窓口削減方針の凍結」だ。同社は2021年5月、管内440駅にあるみどりの窓口を2025年までに140駅程度までしぼる計画を発表した。

 現時点で200駅程度まで減っているが、定期券の販売が増える年度末・年度始や、不慣れな利用者が増えるゴールデンウイークに長蛇の列ができるなどの混乱が生じたことから、削減を断念せざるをえなくなった。

 JR東日本としては、コロナ禍以降のチケットレス化、キャッシュレス化の流れに乗って、一気にきっぷのデジタル化を進めたいもくろみだった。決算資料によれば、えきねっと取り扱い率は2027年度末の目標値65%に対して2023年度末時点で55.2%、新幹線チケットレス利用率は75%に対して56.4%であり、見込み違いだったとまでは言えない。

 しかし、インターネット乗車券予約サービス「えきねっと」は、リニューアルしても評判がよろしくない。ICカードとひもづけたチケットレスサービスも、一度使えば非常に便利だが、ライトユーザーにはハードルが高いようだ。そんな状況で彼らを受け入れる窓口や券売機が削減されれば、現場が混乱するのは当然だ。

 コロナ禍では終電繰り上げや減便、運賃値上げ、駅の無人化、回数券の廃止など、平時では実行困難な決定が相次いだが、莫大な赤字という異常事態を前に利用者はしぶしぶ納得した。

 ところが鉄道事業者は、コロナ禍が収束しても、次は人口減少社会を見据えた変革が必要として、さらなる合理化や運賃値上げを訴える。確かに事業者には、ホームドアや災害対策など増大する設備投資や、人口減少の一端としての人手不足など、早急に構造改革が必要という言い分がある。

 利用者としても、鉄道を今後も走らせ続けるために、将来的な自動化や無人化、デジタル化が必要であることに異存はないだろう。だが、いつまでも「危機」が終わらず、事業者の都合で変革が早送りされるのは、惨事に便乗した「ショック・ドクトリン」に他ならない。

 鉄道事業者には以下の2点を認識してもらいたい。一つは以前、取り上げた京葉線ダイヤ改正や野田線の減車の問題と通じるが、鉄道事業者が想定する「未来像」と「現在地点」を明確にした上で、いつどのように移行したいのか、なぜしなければならないのかを利用者や地域にしっかり説明すべきだということ。

 もう一つは、いかに変化が必要であっても、利用者を置き去りにした一方的な押し付けは、お互いのためにならないということだ。現在の仕組みを取り上げて、新たなサービスを選ばざるを得ない状況を作り出すのではなく、あくまでも新旧二つの選択肢を提示した上で誘導しなければならない。言い換えれば「利用者が自ら選択した」という事実が重要なのである。

 合理化は鉄道事業者に(仮にマイナスがゼロになるのであっても)利益をもたらす。それを事業者が独り占めすれば、利用者にはサービス悪化と負担増しか残らない。副次的なものであったとしても、合理化がサービス向上、あるいは維持につながるという利用者の利益を提示できなければ、顧客に向き合った経営とは言えないはずだ。