宮沢賢治は「あえて生涯童貞」を貫いた!?「同僚女性からの求愛」を拒否した意外な過去こじらせ文学史 ~文豪たちのコンプレックス~』(ABCアーク) 著:堀江宏樹 価格:税込1650円

 また、親戚・関登久也(せき・とくや)の証言によると、ある朝、関が出会った賢治は顔を紅潮させ、ハツラツとしていた。話を聞いてみると、性欲の浪費を「自殺行為」だと考える賢治は、性行為以外の手段で性欲を発散させようと、昨日の夕方から遠隔の外山牧場に歩いて向かい、そこでも一晩中、牧場を歩き通し、たった今、街に戻ってきたところだった。賢治は<性欲の苦しみはなみたいていではありませんね>と言って、立ち去ったという(※関登久也『宮沢賢治素描』)。

 賢治の生前に刊行された詩集『春と修羅』は高校の教科書でも必ずと言っていいほど紹介される名作だが、中でも気になるのはホタルである。<蛍>もしくは<ほたる>の表記で、『春と修羅』に頻出するモチーフだが、点滅しながら夜空を乱れ飛ぶホタル、つまり異性に求愛するためにお腹の火を点しているホタルは、江戸時代の隠語で性行為を意味する「点(とも)す」を実践中のセクシーな存在なのだ。春画や好色文学に詳しい賢治が気づいていないはずがない。そもそも「ホタル」という単語の響きは女性器を指す古語「ホト」にも通じる。

『春と修羅』の「序」は<わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です>と始まり、それが<せはしく明滅>すると書かれている。つまり、賢治はこの「序」においても、自身をかなりの性的衝動に駆られた人間であると宣言している……のかもしれない。

(文豪こぼれ話)岩波書店に「物々交換」を提案し無視される

 大正14年(1925) 12月、賢治は東京の大出版社・岩波書店社長の岩波茂雄に手紙を書いた。なんの交流もない岩波に向かって、「自費出版した『春と修羅』の売れ残り200部と、岩波書店が出版した哲学書もしくは心理学の本何冊かと交換してくれ」と頼み込む賢治だったが、不審に思った岩波は手紙を黙殺し、返事は来なかった。知識欲にあふれていたがゆえに、書物がほしかったのか、あるいは屈折した手段ではあるが、知識人憧れの岩波書店に、自身の作品を売り込もうとしていたのか――、賢治の真意は明かされていない。