ビジネスの世界で注目を集める「心理的安全性」という言葉。その重要性は分かっているけれど、具体的にどのようなコミュニケーションで心理的安全性の高い環境を整えればいいのか分からないリーダーも多いのではないでしょうか。そんな問題を解決する教科書が『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』です。本書では実際のオフィスで使われた声かけ1000万件超のうち、特に効果の高かった100件を紹介。NG表現とOK表現の言い換え例を見せながら、心理的安全性を高める声かけを理解していきます。本連載では、『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』で掲載した声かけをピックアップして掲載。まずは具体的な事例紹介に入る前に、「そもそも心理的安全性とは何か」について解説した文章を、本書から抜粋して紹介します。(初出:2022年10月16日)
3つの異なる世代的価値観が
混在する日本の職場
日本企業が衰退したのは、心理的安全性がなかったからだ。1つ前の原稿で、そんなことをお伝えしました(詳細は「衝撃の事実! 日本企業がダメになった原因は「心理的安全性」の欠如にあった」)。心理的安全性の欠如が組織風土の劣化を招いて、日本企業が弱体化した、というわけです。
では、なぜ日本の組織風土は劣化したのでしょうか。
私は、高度成長期時代から現代までの世代交代、価値観の変化に多くの日本企業が対応してこなかったからだと考えています。現代の職場には、大まかに見て「3つの世代的価値観」が混在しています。
1つ目の価値観は、いま現在、「若手」と呼ばれている世代が持つものです。歴史ある会社の「若手」とベンチャー企業の「若手」とは異なるでしょうが、日本企業では多くの場合、35歳以下を「若手」と定義しているようです。
2022年、35歳になる世代は1987年生まれ。1987年以降に生まれた社会人は、「さとり世代」「Z世代」「コロナ世代」にあたります。彼・彼女らは、幼いころからずっと、低成長の日本経済の中で育ってきました。
彼らの親世代(バブル世代)は、新卒入社した後は一生、一つの企業に勤め切ることが普通だという時代を生きてきましたが、「さとり世代」「Z世代」「コロナ世代」はそうはいきません。特に将来の予測が困難な現代にあっては、労働環境も不安定で、キャリアを会社に委ねるような発想はありません。「自分のキャリアを自分で考える」という価値観を持つのが、この世代です。
彼らは、会社に対して過度な期待を抱いていません。ある意味では、冷めた見方をする傾向にあると言えます。
2つ目の価値観は、「就職氷河期世代」から「ミレニアル世代」の、時期的にちょうど中盤あたりの世代が持つものです。
私は就職氷河期世代のど真ん中ですが、私たちは子どものころには、華々しく経済成長した日本の姿を見ていたものの、いざ就職となると大変厳しい時代に直面しました。いわゆる「失われた20年(30年とも言われる)」を生きてきたわけです。
この世代は、若手のころには、旧来の上意下達型マネジメントを体感し、現在は中間管理職のポジションに就く人も増えています。終身雇用が当たり前でなくなるという事態をリアルタイムで経験し、労働市場の大きな変化を肌身で感じたのが、私たちの世代です。
加えて、今の若手の価値観にも、ある程度共感できることから、新旧の価値観がぶつかり合う中で、ビジネスの現場では、新旧の世代の橋渡しを担うことも多いのではないでしょうか。
3つ目の価値観が、先に触れた「バブル世代=若手の親世代」が持つものです。現在の50代の多くがまさにその世代ですが、バブル世代の多くは、「経営者がビジネス上の正解を知っていて、組織はオペレーションの改善をするのが役割である」というマネジメントが成功していた時代に社会に出て、働いています。過去の成功パターンを強く信頼し、それが彼らの価値観を形作ってもいます。
年功序列や終身雇用など、日本企業の成長を支えた仕組みにも大きな影響を受けているため、彼らは、現代の若手と価値観が大きく異なります。この世代は、現在では経営層に進出しています。
改めて、3つの世代的価値観をまとめると、以下のようになります。
①「ミレニアル世代」中盤以降の若い層から「Z世代」までの若手……日本の低成長だけを経験し、会社に過度な期待をしない
②「就職氷河期世代」から「ミレニアル世代」中盤あたりまでの中間管理職やマネージャー……失われた20年(もしくは30年)を過ごし、価値観が多様
③「バブル世代」の経営層……成長が約束され、答えは経営者が知っていると信じている
世代間ギャップを乗り越え、
企業を生まれ変わらせよう
単純化して表現すれば、現在は③の世代が経営し、②の世代が中間管理職を担い、①の世代が若手として働いている、という構造です。3つの異なる価値観が混じり合っている職場がそこかしこにあるのが、現代日本です。
しかも、国別の労働人口の分布と比較すると、日本には特徴的な点があります。それは、①の世代の人口がとても少ないということです(ちなみに世界的に見ると労働の担い手のボリュームゾーンは、日本とは逆で①になります)。
彼らの人数が少ないと、何が起こるのか。②や③の声が大きくなり、若手の声が組織風土に反映されにくくなってしまいます。それでは、組織は変わりません。
異なる価値観が混在していれば、考え方の違いによる衝突も起こりやすくなります。マネジメント上の課題も噴出します。日本企業は、ここに対応していかなければなりません。
おそらく、①の人数が少ないという社会課題は遅かれ早かれ、これから多くの国々が経験します。日本はある意味で、課題先進国でもあるわけです。
日本企業が、世界でもユニークで、他国から「まねをしたい」と思われるようになるには、このタイミングで、当たり前とされていたマネジメント手法をガラリと変える必要があります。そこで大いに役立つのが、心理的安全性を高めることです。
心理的安全性を担保する上で、世代間ギャップを乗り越えることは必須条件になります。ギャップをギャップのままにしてしまえば、世代を超えて、何でも言い合えるような風土は作れません。
その点、『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』が示す実践方法は、そのまま世代が要因となる社内の対立を「ヘルシーコンフリクト」(健全な対立)に変える方法論になっています。
ぜひ、世代的な課題の処方箋としても『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』を活用してください。
心理的安全性を高める「声かけ」を通じて、組織のパフォーマンスや従業員のエンゲージメントを高め、世界に先んじて労働環境の課題を克服する。少し大げさなようですが、日本を生まれ変わらせるための実践書が、『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』です。
さあ、新しい日本企業へ生まれ変わりましょう。