サイコパスは脳の器質的特性から
「ハイリスク・ハイリターン」を求めがち

 一方、中野はサイコパス的な傾向にはグレーゾーンがあり、その症状にも程度の差があることにも言及しつつ、脳科学者としての知見を駆使して、サイコパスは脳の扁桃体と前頭前皮質の結びつきが弱いことなどを指摘している。こうした脳の性質は、サイコパスが感情を伴う「熱い共感」を持たず、恐怖や不安感情が弱く、強い刺激を求めてハイリスク・ハイリターンな行動を平気で選択できることを説明する証拠となるという。

 これはサイコパスとそうではない人をある程度区別できることを示唆している。心理学や精神医学の専門家ですら見破るのが難しいサイコパスの正体を見破る鍵となるのは、脳の機能なのだというのが中野の立場である。

 興味深いのは、中野にしてもスタウトにしても、サイコパスには道徳や倫理に反する行為や、怠惰で利己的な行為を選択する際にそれを抑制しようとする内的なメカニズム、いわゆる「良心」が欠けていると見なしている点である。

 キリスト教道徳と深く結びついていると思われる、この「良心」という概念をどう考えるか自体既に大問題なのだろうが、とりあえず今は深入りしないでおこう。とにかくサイコパスに関する研究は、これまで心理学や精神医学が科学的に追究しようとしてきた問題とはかなり異質な、価値に関わる問題だと言える。

 そもそも、サイコパスは他の精神疾患とは違い、本人がその障害によって悩んだり苦しんだりすることがほとんどない。他人と分かり合えないことや慢性的な欲求不満に陥りがちなことが悩みと言えば悩みだが、基本的には自分と自分の生活に満足している。このような自覚なき「患者」を無理やり治療することはできない。それにもかかわらず、この「患者」を野放しにしていることによって、悩み、苦しみ、最悪の場合破滅に陥れられる人々がいるというのだ。