人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
人体に不可欠なホルモン
副腎は左右の腎臓の上に一つずつある小さな臓器で、「皮質」と「髄質」という二つの部分に分けられる。副腎髄質と同様に、副腎皮質も人体に不可欠なホルモンを分泌する臓器である。だが、この事実が知られたのは二十世紀半ばになってからだ。
アメリカ、メイヨークリニックの研究者であったエドワード・ケンダルと、スイスの化学者タデウシュ・ライヒシュタインは、一九三〇年~四〇年代にかけて、副腎皮質から次々と化合物を抽出し、その構造を同定していた。
きっかけは、副腎皮質の機能が低下する病気、アジソン病に対し、ウシの副腎皮質の抽出物が有効だとする報告だった。この抽出物を特定できれば、アジソン病の治療薬をつくり出せると考えたのだ。
アジソン病は、一八五五年にイギリスの内科医トーマス・アジソンが初めて報告した病気だ。今では厚生労働省が指定する難病の一つで、副腎皮質から分泌されるホルモンが慢性的に不足し、さまざまな症状を引き起こす。ウシの副腎皮質の抽出物が有効だったのは、副腎皮質から分泌されるホルモンを補充することができたからだ。
奇跡の薬の誕生
中でも、ケンダルの見つけた化合物「物質E(Compound E)」(のちにコルチゾンと命名)はもっとも活性が強かったが、入手できる量が少なすぎた。そこでケンダルと手を組んだのが、ドイツの製薬企業メルクであった。メルクは「物質E」の効率的な生産を実現し、臨床応用への道を開いた(1)。
だが、この研究がのちにノーベル賞をもたらす奇跡の治療に繋がるとは、当初は誰も想像していなかった。きっかけをつくったのは、ケンダルと同じメイヨークリニックの内科医フィリップ・ヘンチである。
ヘンチは以前から、関節リウマチ患者の関節炎が、なぜか黄疸や妊娠など特定の出来事によって改善することに気づいていた。こうした経緯から、何らかのストレスによって体内で産生される物質が、関節炎の改善に関わっているのではないかと考えた。だが、その物質が何であるかはわからないままであった。
当時、関節リウマチに対する有効な治療はなく、慢性的な関節炎を経て寝たきりになる患者も多かった。何とかその物質を明らかにしたいと考えたヘンチは、ケンダルの合成した「物質E」の未知の効果に期待し、その提供を依頼したのだ。
ノーベル賞を受賞
ヘンチが世界で初めて「物質E」を投与した相手は、関節リウマチによって寝たきりになった二十代の女性であった。女性は「物質E」の投与によって四日間で劇的に回復し、あっという間に歩けるようになったのである(2)。副腎皮質ホルモンの持つ、「炎症を抑制する効果」が初めて明らかになった瞬間だった。
その後、この薬は関節リウマチをはじめ多くの自己免疫疾患(免疫が自分自身の体を攻撃してしまう病気)に苦しむ人たちの救世主となった。現在では、さまざまな用途に合わせて効果的な製剤が多くつくられ、治療薬として不可欠な存在になっている。
一九五〇年、ケンダル、ライヒシュタイン、ヘンチの三人は、ノーベル医学生理学賞を受賞した。今や「副腎皮質ホルモン」や「副腎皮質ステロイド」といえば、それだけで炎症を抑える薬として一般に認知されるほど、広く知られるようになったのである。
【参考文献】
(1)Mayo Clinic「W. Bruce Fye Center For the History of Medicine: Discovery of Cortisone」
https://libraryguides.mayo.edu/historicalunit/cortisone
(2)“The effect of a hormone of the adrenal cortex (17-hydroxy-11-dehydrocorticosterone; compound E) and of pituitary adrenocorticotropic hormone on rheumatoid arthritis” Hench PS, Kendall EC, et al. Proc Staff Meet Mayo Clin. 1949;24(8):181-97.
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』を抜粋、編集したものです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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