視点2 善意ある会社の離職対策

 では世の中の多くの善意ある会社では何が起きているのでしょうか。

 それを理解するために私が30代のころに体験したエピソードをまず最初にお話ししたいと思います。

 30代の私が、あるプロジェクトチームを率いていたときのことです。

 キーマンだった部下のA君が突然、来月末で退社すると辞表を持ってきました。独立して自分の会社を始めるのだというのです。

 それだけならまあ仕方ないというエピソードなのですが、A君が言うには未消化の有給が30日ほどあるのでそれを消化して辞めるというのです。数えてみると出社は明後日までです。要するに急に辞めるというわけです。その仕事はA君の専門知識が非常に重要となる仕事で、彼は毎日、顧客の事務所に半常駐の形で勤務しています。いくらなんでも2日で引継ぎは無理です。

 それで私は人事に掛け合いました。顧客を考えたらそのような退職をさせたらダメだと主張したのです。最後は社長までいったのですが、結論としてはA君は2日後に円満退社となりました。会社は就業規程を守らなくてはいけないというのです。

 さて、面白いのはここからです。

 途方に暮れている私は社長に呼び出されました。A君から提案が来ているというのです。

 簡単に言うとA君が設立する新しい会社が今までA君がやっていた仕事を下請けとして請け負うという提案です。料金はこれまで払っていた給与の4倍でした。

「で、どうする?」と社長が言うのです。A君がいないと、この仕事は回らないのは社長もわかっているのです。

 ちなみにおかしな話ではありますが、私のいた会社では時代に先駆けて副業容認の就業規則を作っていました。有給休暇の時間に副業をするのは就業規則上認められると人事はいいます。有給分を考えたら収入5倍ですから、A君も考えたものです。

 どうすべきか決められないで2~3日たったところで、顧客の部長から呼ばれました。

 A君の退社の件は話が持ち上がったその日に先方には連絡していたのですが、そのA君から来月からは新しい会社の方に仕事を発注してくれと提案があったというのです。

 幸いにしてその部長さんは私と同じ昭和の大企業の考え方を持つひとでした。

「会社としてはA君に発注したほうが得なのはわかっているけど、俺はこれを受けちゃいけないと思うんだよな」と言うのです。

 それで用件としては、どうやってA君を外して業務を遂行していくかという相談になったのです。

 それは新サービスを設計するプロジェクトだったのですが、結局、スケジュールを1カ月後ろ倒しにして、うちもメンバーを増員し、顧客の社内からもその領域がわかる社員をヘルプで来てもらうなどして乗り切ることになりました。

 このエピソードは、今でも私は割り切れないものを感じている深い話です。ただ、このエピソードからも分かるように、「ちゃんとした会社は社員から退職の話が来たら止めることはできない」のです。

 そこで多くの会社は「どうしたら社員の離職率を下げられるのか?」を考えます。ここは私もコンサルとして得意領域の話です。

 4月に入った新卒が5月に辞めるケースはともかく、そうではない1~2年で社員が辞めるケースを減らすために、多くの会社では社員同士をグループ化したうえで会社とのエンゲージメントを強める施策をとるようになります。

 もっと簡単に説明すると、同世代社員同士が仲良くなるように、そして会社のビジョンやミッションに共感するように社員教育をするのです。

 すると、このような問題が起きます。

 この会社ではもう学ぶことがないとか、人間関係が嫌で辞めたいとか、正当な理由で社員が会社を辞めたいと感じても、それを口にしづらくなるのです。

 なにしろ上司や先輩との間に人間関係ができてしまいます。言い出すこと自体が苦痛になり、たとえ言い出しても引き留められる。面倒なことになると感じるのです。

 そこで退職代行に頼ることになります。自分の代わりに人事部に電話をしてくれて、「依頼者は退職したいと言っています」と伝えてくれます。

 一方で人事部も労働法規の教育を受けていますから、引き留められないことは知っています。だから退職代行に頼めば粛々と退職の事務作業が進むのです。