たとえば今、南シナ海問題で中国と緊張が高まっているフィリピンや、脅威が間近に迫る台湾、そしてかつてないほど反中感情が強まっているアメリカなどと連携して、習近平主席への牽制ネタにすることもできた。
もしトランプ氏だったら、「日本の神聖な場所で放尿をするように、最近中国人はよその国でやりたい放題だ。民主主義を守ためにも南シナ海や台湾海峡でこれ以上勝手に“放尿”することは許さない」なんて意地の悪い挑発をするだろう。そして、緊張を極限まで高めておいてから得意の「ディール」(取引)に持っていくはずだ。
しかし、岸田首相と日本政府はそういう道を選ばず、自ら「落書き」と騒ぎを小さくした。なんの考えもなく、中国共産党をかばうほどのバカではないと信じたいので、やはりこれは「習近平に恩を売った」ということではないか。
日中のトップはハッピーだが
国民にとってはこの上なく不幸
いずれにせよ、「靖国放尿テロ」を「落書き」として鎮火してくれた岸田首相に、習近平主席は悪印象を抱かないだろう。夏の首脳会談は現実味を帯びてきた。「ご褒美」として、日本産水産物禁輸解除は無理だとしても、金正恩主席への橋渡しくらいはしてくれるだろう。
今回の対応は、岸田首相も続投が見えてハッピーだし、習近平主席も反中感情が盛り上がらずハッピーだが、日本人にとっては「不幸」なことこの上ない。
「スシローペロペロ少年」やバイトテロ動画を例に出すまでもなく、愚かな動画を撮る人たちは、バズった人のアクションを模倣する。つまり、中国や韓国の迷惑系ユーチューバーのような人たちが「靖国放尿テロ」の動画に触発されて、靖国神社で同様の迷惑行為をする恐れが高いのだ。
本来、このようなことが起きれば、香港人が反中デモをしたように、国民が激しい怒りを見せて、不届者たちに「これはさすがにやりすぎだ」と知らしめなくてはいけない。しかし、今回は日本政府が「落書き」などと率先して火消しをしたこともあって、国民もそれほど怒っていない。
中国や韓国の迷惑系ユーチューバーたちは思いっきりナメるだろう。「放尿してもこれだけってことは、靖国でもっと過激なことやっても、ぜんぜんOKじゃん」――。
これから放尿がかわいく思えるような、侮辱的な迷惑行為を仕掛けてくる恐れもある。かつてあったが、放火騒ぎなども想定すべきだろう。
国を滅ぼすのは、「侵略」だけではない。その国の人々が大切にしている宗教や、先祖への想いを侮辱して、誇りを捨てさせることも国家滅亡につながっていく。そのあたりの危機感が岸田政権にはかなり希薄なようで、残念でならない。
(ノンフィクションライター 窪田順生)