「インストラクターの左手首の回転をじっくり見ていたんだけど、あの回転の遠心力でお札が扇形に開かれるわけよ。そこで札束を反らせることによって、円運動する物体が比例して受ける慣性を利用してだな…」

「か、亀田君?ダメだ、言ってることがよくわからないよ。いいこと思いついた!『縦勘定』は捨てようと思うんだ。数えてるフリだけするのさ」

 海野君が提案する。

 そこに、卓球でインカレに出場した経験を持つ佐竹君が、横やりを入れてきた。

「違う違う!そうじゃないな。なんていうか、シェイクのラケットでドライブを効かせる時のスナップによく似ていて…」

 いよいよ、何を例えているのかすらわからなくなった。私の相部屋メンバーは個性派揃いだったが、最終日の札勘定テストに合格できたのは、わずか一人。「縦勘定」をごまかそうと言い出した海野君だった。

「数えてるフリ」を
提案した海野君のその後

 海野君はその後トントン拍子で昇格し、かなり早い段階で支店長になる。大きな支店を3店舗歴任し、今では銀行の関連会社で役員をしている。物理学専攻の亀田君は、山一証券や北海道拓殖銀行(拓銀)が破綻した時に、M銀行が破綻する確率を自分なりに計算した末、転職を選んだそうだ。卓球部の佐竹君は消息がわからない。いつの間にか社員名簿から消えていた。

 結局、要領のいい奴ほど成功するのが銀行であり、ややこしく考えたり、自分しかわからない説明しかできない者には、馴染まない組織風土だったのかも知れない。私のようなさえない凡人は、結局鳴かず飛ばずの立ち位置にしかいられないのだろう。

 研修を修了し、最初の配属店である吹田支店に赴くと、店内OJTで世話になる預金課の小川課長から、開口一番こう言われた。

「目黒君、札勘定のテスト、落ちただろ?」

 どうやら、教育研修室から既に合否の情報が届いていたようだ。

「ナメてんだろ…」

 課長がすごみを効かせ、吐き捨てるように追い打ちをかけた。

「い、いいえ、あの…練習したんですが、不合格になってしまい、決してですね…」

「もういい。ちょっと待ってろ」

 課長は、回金係へ内線電話をかけた。

「佐渡さん?今から会議室に千円札を5束、50万円分持って来てくれないか?あと、帯封もな」