世界に誇る食材・ジビエ
日本では、魚介については資源の枯渇の問題があるものの、現在でも天然の食材を使った料理が珍しくありません。これは、世界の多くの国々と比べて非常に恵まれた状況といえます。世界のほとんどの国では、人間の手で育てた食材のみでメニューが構成されるのが当たり前だからです。
中でも、日本のジビエの充実度は世界一だと断言できます。ジビエを目当てに冬にフランスに行ったのですが、三つ星でジビエに力を入れているのは「ピエール・ガニェール(PIERRE GAGNAIRE)」一軒のみ。ジビエ料理がリストアップされたメニューを見ると、「昔は国産のさまざまなジビエを楽しむことができたが、今は多くが禁漁になってしまった。それでも、できるだけ国産で揃える」という悲しくなる前書きが添えられていました。
日本も今後どうなるかわかりませんが、少なくとも今は多種多様なジビエを楽しむことができます。中でも、熊肉は日本以外では基本食べられない(禁猟もしくはプロフェッショナルな処理がなされていない)ので、世界に誇れる食材となっています。
特殊な日本文化が美食の土壌となった
さらに、歴史を振り返れば、日本には良くも悪くもヒエラルキーがあり、上流階級が文化として美味しいものを楽しむ習慣がありました。結果的に、これが食文化の発展を後押ししたのは否めません。
また、茶道が日本の食文化に与えた影響も、大きなものがあります。茶事で出された懐石料理を通じて、料理をコース仕立てで順番に出すというスタイルが生まれました。結果的に、それができたての温度感を大切にすることにつながったり、日本料理のガストロノミーとしての進化を決定づけたりしたのではないかと思います。
一方で、日本のレストランシーンには課題もあります。ひとつは、移民が少ないため、外国料理のバリエーションが限られることです。たとえば、世界中で愛されているメキシコ料理ですが、美食となると、東京・恵比寿の「Tacos Bar」など数少ない店しかありません。
もうひとつは、外国の料理といっても、比較的均質な日本人の好みに徹底的に合わせて味付けを変えたり、好まれそうなメニューだけ編集して提供したりする店がほとんどだということです。つまり、本場の味がそのまま楽しめる店は多くありません。これは、日本での歴史が長い料理ほどそうで、中華料理がその最たるものです。
実際、外国料理は現地に行くより日本で食べたほうがおいしい、と感じている人は案外多いのではないかと思います。ただ、逆にそういう日本人の味覚に合わせた料理は、外国人にはピンとこないものになる可能性が高いです。
日本は、豊かな食材、長い歴史と地方ごとの多様な文化、常に移り変わるダイナミックなレストランシーンなど、多くの要素を持つ美食大国です。すべての面で世界一といいきれるわけではないですが、少なくとも日本のファインダイニングシーンは世界有数とはいえるでしょう。
(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。