落合 そうですね。ゆっくり、ゆっくりと前進するから。

暦本 でも、すごく深いことを考えているわけですよね。だから今後はもしかすると、落合君のラボにいる子みたいな「コンピュータがないとできない思考」の先に、次の段階があるかもしれない。AIと一緒に膨大な試行錯誤を繰り返すタイプの思考とも、自分の中で深く考え抜くのとも違う、新しい思考のオプションが増える気がします。だとすると、ますますIQテストを人間の尺度にするのはオワコンかもしれない。IQというパラメータで人間の知性を測ることに果たして意味が残るのかどうかわからないですね。

本当に能力が判定できるのは
AOよりペーパーテスト

暦本 幼稚園児でも、そういう個人差があるのかな。ひとりで勝手に遊んでいられる子と、「みんなでお遊戯しましょう」とかいわれないと動かない子がいる?

落合 たぶん、かなり個人差があると思いますね。しかも、その頃にひとり遊びの能力を身につけないと、一生そのままのような気がする。

暦本 『26世紀青年』だと、知能が高いほど進化的な淘汰圧がかかる。知能が高い人は子をつくらないから、減っていくんですよね。ひとり遊び能力の高い人はどちらかというと子孫を残しにくいので、減っていく可能性が大きいかもしれない。でもあの映画は、ハッピーエンドなんですよね。

落合 最後は、なんとなく退化した人類が愛おしく思えてくるんですよ。みんないいヤツだから。

暦本 心が清いんですよね。だから、どっちの社会がいいのかわからない。IQが低くていいヤツばかりなのと、みんな賢いけどギスギスしているのと。

落合 今後はそれが局在化するんですよ。前者のほうが圧倒的に多くなるから、いいヤツは重要。

暦本 それがいいかどうかは別にして、そういう傾向は出てくるかもしれない。ふつうIQの分布はベルカーブを描くので平均値付近がいちばん多くなるけど、それが両端にピークが現れる形に変わるとしたら、格差社会的ですよね。圧倒的な割合を占める低IQの大衆と、ごく一部のエリートで構成される社会。