多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

部下のためを思って「助言したがる上司」ほど、嫌われる“本質的な理由”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「助言=ティーチング」が失敗のもと

 企業研修で「傾聴トレーニング」をしていると、必ずと言っていいほど寄せられる質問が「助言をしてもいいのでしょうか」というもの。

 いかに多くの管理職が「助言=ティーチング」信奉者であるかがよくわかるというものです。

 そして、この「助言=ティーチング」こそが、「傾聴」を台無しにする大きな要因となっているのです。

 どういうことか? 一緒に考えてみましょう。

人格的な「気づき」が重要

 ビジネスで活用できるコミュニケーションは三つあります。

 一つ目は、ティーチング。部下に知識や技術を伝達することが主眼ですから、相手が困っていたら考えさせることをせずに、すぐに答えを教えます。質問があれば、素早く答えます。効率よく「知識」と「技術」を伝達するのがティーチングです。

 二つ目はコーチング。傾聴を「土台」にした上で、相手の「視点」を変えるようなクリエイティブな質問で「目標設定」と「達成」を支援します。

 そして、三つ目がカウンセリング。これは、傾聴が土台ではなく「すべて」です。ただ傾聴するだけで、相手の「本質的な気づき」を支援するのです(小倉広、『コーチングよりも大切なカウンセリングの技術』、日本経済新聞出版社、2021)。

 カウンセリングにおける「気づき」とは、目標達成のための「気づき」ではなく、人格的な「気づき」です。

「本当の私はこんな風に感じていたのだな」「本当はこれがしたかった(したくなかった)のだな」「本当に大切にしていたのはこれだったのだな」という、自分でも気づいていない自分に気づき、それを認めることで全人格的な成長を促すことです。

傾聴により「否定的な感情」をゆるめる

 また同時に、カウンセリングにおける傾聴の効果は「思考」「理性脳」を活性化させることでもあります。

 私たち人間は、「上司に否定的なことを言われた」「同僚に軽んじられた」などネガティブな感情を強く持っていると、大脳辺縁系の扁桃体が過剰覚醒し、理性を司る大脳新皮質前頭前野の血流を阻害し活性度が低下するようにできています。すなわち、イライラしたりモヤモヤしたりするばかりで、「思考」や「理性」が動かなくなるのです。

 ところが、こちらの話にじっくり耳を傾けてくれて、こちらの感情に共感してくれる人がいたら、ふっと「否定的な感情」がゆるんできます。それは、みなさんもご経験があるのではないでしょうか? そして、少し心が穏やかになってくると、本来の「思考」が取り戻され、「理性脳」が動き出し、「そっか、こうすればうまくいくかも」などと解決策が自然と湧いてきたりするのです。

 たとえば、「上司に否定的なことを言われた」と怒っていた人が、傾聴を通して自分の本心と向き合えるようになり、実は「その上司のことを尊敬していた」こと、そして、「尊敬していた上司から否定されたことが悲しかった」ことに気づくかもしれません。

 そこからさらに、「次こそは、認めてもらえるように頑張ろう」「そのためには、次はここに気をつけよう」と心が決まるかもしれません。このように、本人のなかで思考が深まり、気づきを得ることが、傾聴の最大のポイントなのです。

 つまり、傾聴は「自助支援」なのです。困っている人に「助言」するのではなく、困っている人の話を傾聴することによって、その人本来の思考力を取り戻してもらって、自ら解決策を見出すことを支援するのが、本来の傾聴なのです。

「傾聴」こそがすべて

 このことを理解した上で、3種のコミュニケーションにおける傾聴の位置づけをを比較すると、次のように整理することができます。

 ティーチングにおいて、傾聴は「準備運動」のようなもの。最初だけ傾聴(のふり)をし、あくまでメインは「助言」「指示」となります。

 コーチングにおいて、傾聴は「土台」です。最初から最後まで通底する重低音のように傾聴をしながら、メインであるクリエイティブな質問を用いて「目標達成」のための支援をします。つまり、ここでもあくまでメインは傾聴ではなく質問なのです。

 一方、カウンセリングにおいて傾聴は「準備運動」でも「土台」でもなく「すべて」です。傾聴をすることにより、本当の自分に気づき、理性脳の活動を促し、自助を支援する。これさえできれば、相手は確実に成長し始め、いきいきとし始めます。だから、本来、傾聴において「助言」は不要なのです。

 というわけで、「助言をしてもいいのでしょうか」という冒頭の質問に戻りましょう。

 私の答えはシンプルです。「大丈夫です。ただし、求められた時だけです」。つまり、「助言がメイン、傾聴がサブ」ではないということ。傾聴こそが「すべて」なのです。求められてもいない「助言」を押し付けるようなことをしても、嫌われるだけ。それよりも、とにかく傾聴に徹することが大事。その前提を踏まえた上で、もしも相手に求められたら「助言」をするのがいいと思います。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。