日本語のカタカナたった一文字で表される恐竜「イ」。2007年に発見されたばかりの“空飛ぶ恐竜”は、大きさがカササギ程度、体重は380グラムほどと、とても小さな生き物である。そんな「イ」が中国で発見された経緯や研究結果を、中国通で恐竜マニアの安田峰俊氏が解説する。本稿は、安田峰俊著・田中康平監修『恐竜大陸 中国』(角川新書)を一部抜粋・編集したものです。

謎多き奇妙な生物「イ」は
正真正銘の空飛ぶ恐竜

謎多き奇妙な生物「イ」Wikipediaより

 いわゆる鳥類以外で、空を飛ぶ恐竜はいたのか?

 答えはおそらく「イエス」だ。ただし、この質問からプテラノドンやケツァルコアトルスのような翼竜の姿を思い浮かべた人は、残念ながら不正解である。

 翼竜は恐竜と近縁な生き物で、ほぼ恐竜と同じ時代に栄えて中生代末に絶滅した。だが、彼らは三畳紀に恐竜と共通の祖先から分かれて独自の進化を遂げた爬虫類であり、「恐竜」ではないのだ。

 それでは、私がこれから紹介する「飛行恐竜」とは何者なのか?

 この恐竜の名前は「イ」。日本語のカタカナ表記ではなんと1文字である(「イー」と書かれることもある)。

 学名はYi qiで、中国語での漢字名は奇翼龍(Qi yi long)だ。スカンソリオプテリクス科(Scansoriopterygidae)というあまり研究が進んでいない小型獣脚類の仲間であり、奇妙な姿をした謎の多い生き物である。

 イは約1億6000万年前、ジュラ紀の中期か後期ごろに生息していた。大きさはカササギと同じかそれよりすこし大きい程度で、体重は380グラムほど。両腕を広げた長さは60センチメートルほどだったとみられている。

 手首からは他の獣脚類には見られない棒状の骨が、おそらく胴体側もしくは下方に向かって伸びていた。ほか、長い指骨を持ち(特に第3指が長い)、これらの骨の間には膜状の組織の痕跡が確認されている。

 イが持っていた「翼」は、鳥類とも翼竜とも異なる形態で、どちらかと言えば哺乳類のコウモリにやや似た皮膜だったとみられている。ただし、コウモリのように羽ばたくことはおそらくできず、ムササビやモモンガのように滑空する形で空を飛んでいたようだ。

「イ」の化石は盗掘で見つかった
中国ではびこる化石ハンター

 イの発見は2007年である。北京の東方250キロメートルほどの場所にある河北省青龍満族自治県木頭?鎮に住む農民・王建栄が、近所の採石場で見つけた化石を、山東省にある世界最大規模の恐竜博物館・天宇自然博物館に持ち込んだのだ。

 河北省北部は、先のシノサウロプテリクスたちが見つかった遼寧省ほどは恐竜化石を豊かに産する土地ではない。ただ、オーストラリアの科学雑誌『COSMOS』の2017年5月29日付け記事によると、遼寧省の地層よりも羽毛や軟組織が良好に保存されている場合があるという。イのような「小動物」と言っていい生き物の、特殊な身体の構造が化石として残ったのは、幸運なことだった。